日本地理学会発表要旨集
2017年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 816
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発表要旨
エコマインドの構築:日本におけるエコツーリズム政策の発展
*佐久真 沙也加
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抄録

1990年代以降日本では自然とのふれあいや保全を商品化した観光活動が推奨されるようになった。本発表では日本でエコツーリズムが発展してきた過程を整理することを目的とし2008年に制定されたエコツーリズム推進基本法に着目する。背景となる国内の観光開発およびエコツーリズムの意義づけに関してポリティカルエコロジー(political ecology)の視点を参考に考察する。エコツーリズムが国内で紹介され始める90年以降の新聞記事や推進基本方針に関する資料を基にエコツーリズムが推進されてきた過程に関してまとめる。 

資源管理をとりまくアクター間の衝突など、ポリティカルエコロジーの分野は幅広いテーマを含み統一した定義づけは困難であるとされる。しかしその中でも自然環境の変化を分析することで政治や権力を読み解く取り組みは多くなされている。自然という存在がいかに概念化されまた資源管理の対象として位置づけられているのかを問い、自然という従来は非政治なものとして捉えられてきた存在が大いに政治や権力によって影響されるもののひとつであると唱える研究は多々ある。特に統治性(governmentality)という概念を用いて政治と権力の仕組みについて説いたFoucaultに続き、Agrawal(2005)やLuke(1995)は環境保全と権力という点に着目した研究を行った。   

Agrawal (2005) はインドで森林の資源保全が政治手法であると捉え異なるアクターがいかに森林に対して無関心の状態から保全対象として意識を変えたか政策や行政、NGOといった組織そして人々のアイデンティティといった点に着目することで分析した。またLuke (1995) はWorldwatchと呼ばれる国際的な環境保全に関する研究機関と環境に関する知識(eco-knowledge)が形成される過程を分析しいかに特定の情報が資源保全の規範となっていくかを議論した。さらに環境保全を開発の手法として説いたWest (2006) は環境保全の意義や動機付けはアクター間により柔軟に変わりうることを強調する。 本発表では理論的な枠組みとして政治と環境保全との関わりを議論するポリティカルエコロジーの分野における上述のエコ・ガバメンタリティ(eco governmentality)やエンバイロンメンタリティ(environmentality)の視点から、日常生活のなかで自然保全の意義付けにおいて観光政策が果たす役割について考える。

観光を学ぶ中で、上述の自然資源保全と同様に観光を政治手法として捉える研究も多く行われている。「なぜ政府は自国の観光の在り方を気にするのか?」という問いを通しLeheny (2003)は日本国内における観光の発展を議論した。その主な目的は経済大国としての日本の位置づけを強調するため(Leheny 2003)であり、また「民主的で文化的な国家」(Carlile 1996, 2008)としての日本を国内外に広めるためであった。実際に観光政策は江戸時代の頃より外国人の行動を制限する手法や(Soshiroda 2005)他国との輸出入取引のインバランスを調整する仕組みとして用いられてきた。80年代には日本列島のリゾート化が進み、ゴルフコースの建設やリゾート用地開発などリゾート開発が地方経済の火付け役としての期待を担うことも珍しくはなかった(Rimmer 1992, Funck 1999)。しかしゴルフ場建設等に伴う農薬利用など周辺環境への影響が懸念されはじめ、また従来のマスツーリズムのようにツアーを中心とした周遊型ではなく旅先での経験などを重視する滞在型への関心の高まりから(Tada 2015)、観光開発の分野においても「持続可能性」という概念が90年代以降見られるようになってきた。             

エコツーリズムはそのような中で台頭してきた観光のありかたといえるであろう。例えば朝日新聞の過去の記事を見ると、国内でエコツーリズムが新しい概念として紹介されている記事は90年代から2000年代にかけて著しく増加し、当時発展途上国の自然観察観光として紹介されたエコツーリズムは今日では国内の地方活性化のツールとして捉えられつつある。西洋と異なる過程の中で80‐90年代の高度経済成長とバブル経済の崩壊、加速したリゾート開発を顧みる存在としてエコツーリズムが提唱されてきたのだとすれば、自然保全を開発として捉えるエコツーリズムもエンバイロンメンタリティの構築の一例であり、環境問題のみならず経済や行政のつながりから派生する様々な要因が影響してきたものであると言える。今後の調査課題としては地域レベルでこのような政策がいかに具体化されているかを知ることが挙げられる。

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