抄録
狭義の自然再生事業に限らず,里山や里海の再生や,野生生物の生息環境づくりなど,自然再生に関わる活動が全国で行われている。ただし,これらは必ずしもどこでもうまくいっているわけではない。自然再生に向けた科学的手法として発展してきたのは,生態学的なモニタリングによるフィードバックをもとに,試行錯誤して自然環境の管理を行う順応的管理である(菊地ほか2017)。順応的に対応するためには,活動の各段階で活動の自己評価を行い,次の段階を考える必要がある。また,活動には,思惑を異にする複数の地域の主体が関わるので,自己評価は特定の誰かの自己評価ではなく,関係者間で共有される自己評価であることも望まれる。このような認識から,筆者等は菊地を中心にして,活動を社会的に評価するための方法を検討してきた。具体的には,自然再生プロセスの社会的評価ツールの開発を試みた(菊地ほか2017)。豊岡のコウノトリや新潟でのトキの野生復帰と地域再生の経験をもとに,叩き台となるツール(チェックすべき社会的評価指標)をつくり,協力を得られる地域での実施を試みている。2015年に中海の自然再生事業を最初の事例とし,調査地を増やしているところで,今回報告する東広島市豊栄でのオオサンショウウオの保護活動は2例目の実践となる。
なお,本研究で対象とする自然再生について,多くの事例地では,自然再生を軸に地域の多様な活動を再統合した創造的な地域再生が目指されており,再生対象は自然と人の生活の相互作用にまで及ぶ。自然再生と地域再生を統合的に実現することを,桑子(2009)の「包括的管理」にならって「包括的地域再生」とよぶことにする。
本報告では,この包括的地域再生に向けた順応的ガバナンスを社会的に評価するモデルを考案する試みの一環として実施した東広島市豊栄町でのワークショップの報告をする。事例地の活動紹介をした上で,ワークショップの内容を示し,実践の成果と反省を論じる予定である。
豊栄町では昭和40年代頃から地元有志によってオオサンショウウオの保護活動が行われてきたが,メンバーの高齢化や死亡により活動の継続が危ぶまれていた。広域合併により東広島市に編入されると,ますます周辺的な話題になってしまった。そのようなおり,2011年の偶然的な出会いから,東広島自然研究会や広島大学総合博物館,安佐動物園などのつながりが構築され,オオサンショウウオの科学的な調査を基礎としつつ,保護活動が再起動された。調査を通じて,オオサンショウウオの幼生の存在を確認し,県内唯一の自然巣穴を発見するなど成果をあげる一方,幼生はいてもそれは育っていけないこと,それがなぜかなどの理由も明らかになってきた。オオサンショウウオ保全には,農業施設の改修や流域環境対策など,地域の環境管理の仕方を変える必要があることが認識されている。
ワークショップは3つの行程で行われる。まず,事前の相談と研究者側と地域の側との意見交換を行い,2回目の集まりでは,2011年から2015年までの5年間の活動の振り返りを,関係者を集めて行った。振り返りに際しては,社会的評価指標と称する活動のチェック項目(問題,人,技術と行動,知識と評価の4つの大項目)に基づき,関係者の話を聞くことに努めた。その結果を整理した上で,再度報告会を開き,活動の次なる課題発見に向けてのディスカッションにつなげる。この実践を通じて,研究者側は,地域の活動への還元とともに,ワークショップの進め方の検討(方法論的検討)を試みる。 その成果と反省については,発表申込時にはまだ2行程目までしか行っておらず,発表時までに行う予定の3工程目の集まりをふまえて,当日に報告したい。