日本地理学会発表要旨集
2017年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 607
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発表要旨
インドにおけるICTサービス産業の地方分散と人材供給
「絶えざる人力投入モデル」からの検討
*鍬塚 賢太郎
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抄録
■研究の目的 本報告では,インドICTサービス産業の大都市圏から地方都市への分散立地を支える当該産業への人材供給の仕組みについて,全国的な視点から検討を加える。具体的には,インド国勢調査に基づいて高等教育修了者(大卒者)の地域的な動向を,近年,急速にその数と在学者数を増大させる大学などの高等教育を取り巻く状況とともに把握する。これを踏まえ,インドICTサービス産業の「成長モデル」を成立させる人材供給のあり方を検討し,当該産業の地方都市への立地展開の仕組みについて考察を加えたい。

■高等教育の拡大と大卒者の増加 国勢調査に基づきインドの大卒者数を見ると,2011年は6,829万人で,2001-11年間に3,062万人も増加する。同時に「都市部」の20歳代の大卒者比率は17%から23%へと拡大する。都市部を中心に人材プールが量的に増大してきていることを把握できる。
インド政府の政策目標と高等教育の「民営化privatization」と結びつきながら,こうした大卒者数の増大が起きている。14年度末において,インド全国に大学は711機関,カレッジは40,760機関あり,その在学者数は総計約2,659万人にものぼる。2001年度末の在学者数は約896万人でしかなく,その数は2001- 2014年度間に約3倍も増加する。特に工学,薬学,ホテルマネージメントなどの分野で,民間教育機関の設立が活発に行われているとされる(Agarwal, 2009; pp.86-91)。
もちろん,こうした動きには地域的な特徴がみられる。図1は国勢調査のデータを利用可能な11年について,州・連邦直轄地別にみた高等教育機関(大学およびカレッジ)の在学者数と,それが15歳以上人口に占める割合を示したものである。インドの空間構造を反映するように,北部と南部で高く,東部で低いといったコントラストを持つ特徴を捉えることができる。こうした動きがICTサービス企業の地方分散のあり方にも現れる。

■ICTサービス産業の成長モデルと人材供給 インドの当該産業全体では,2011年に約254万人であった就業者は,15年には約370万に達し,輸出額も大きく拡大した。ここには企業の収益と従業者それぞれの増加率が強い正の相関を示す,「絶えざる人力投入モデル」(石上,2010)と呼ばれるビジネス・モデルがある。重要なのは,従業者をインド国内から雇用することで,これが可能となる点である。インド最大手TCS社の2015年度末の従業員は全世界に約35万人おり,その9割がインド国籍を持ち,しかも同年度中に世界で新規に採用した9万人のうち,7万人強が国内からであった。全世界で約19万人を抱えるインフォシス社も,9割弱がインド国内で働く。
インド全体からすれば,当該産業の生み出す雇用は量的にごく僅かでしかない。事実,短期雇用者(Marginal Worker)を除くインドの総就業者約3億6257万人(2011年インド国勢調査)であり,同年の当該産業就業者はその1%を占めるに過ぎない。ただし,2014-15年間に創出された当該産業の雇用者数は17.8万人で,縫製産業を含む繊維産業(13.5万人)を上回るという。
当該産業は,次々と新たな「プログラム言語」や「ビジネス・モデル」が持ち込まれ,変化の激しい産業であり,しかも必要とされる大卒者は,管理者層というよりも直接的に「サービス生産」を担う人材として雇用される。当該産業の「成長モデル」を前提とするならば,企業収益の増大は大卒者が大量に供給されることで可能となる。これを推進するのが,インドにおける高等教育の「自由化」であり,その量的な拡大が大都市だけでなく地方都市でも起きていることである。
以上のことを含め,インド地方都市におけるICTサービス産業の成長と高等教育機関の立地を通じた人材供給との関係について,高等教育の「民営化」を視野に入れて検討する。

石上悦朗 2010. インドICT産業の発展と人材管理. 夏目啓二編著『アジアICT企業の競争力—ICT人材の形成と国際移動』159-179. ミネルヴァ書房. Agarwal, P. 2009. Indian Higher Education. New Delhi: Sage.
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