日本地理学会発表要旨集
2018年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: P106
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発表要旨
千曲川流域,長野盆地に見られる災害文化
*小保田 春加
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キーワード: 千曲川, 水害, 災害文化, 信仰
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抄録
我が国には,過去に幾度も被災経験を持つ災害常襲地域が数多く存在する(金井ほか,2006).災害常襲地域では,被災経験から得られた知恵や教訓によって築き上げられた ‘災害文化’が存在する(広瀬,2004).千曲川が流れる長野盆地も,災害常襲地域の一つであり,これまで様々な災害文化研究が行われてきた.長野市牛島で輪中の痕跡をたどった川村(2004)や,千曲市千本柳集落の水害対策をまとめた小倉(2014),土地利用に着目し,地割慣行や水田の特色を述べた市川(2013)などが見られるが,水神信仰や祠などの石造物を扱ったものは見られない.本稿では,水害と人々のかかわりを水神信仰の寺社や石造物に表される信仰としての災害文化の指標として扱っていく.研究方法は,災害文化の指標となる寺社や石造物と地形条件との関係を検討した。千曲川沿いに長野市松代から豊野の範囲で空中写真判読を行なった上で、千曲川の水害の歴史や信仰に関係する書籍,文化財集を収集し,水神に関する寺社や石造物の分布記録をまとめ,さらに現地踏査と地域住民へのヒアリングを行なった.水神を祀る寺社8か所を調査した結果,境内に水神祠が建立されているところが多かった.また,寺社建立の経緯について,水神を祀る寺社として建てられた場合と,最初は水神の寺社ではなかったが,洪水被災後水神と合祀したものがあった.石造物は,31個をまとめた.被災者を供養する地蔵菩薩が多く,被災した子どもを供養する子安地蔵もあった.水害から集落や住民を守るための水神祠として,伊勢社,九頭竜社,金毘羅社が多かった.また水害続きで難航した治水工事に尽力した人を称えるもの,長きに渡った工事の終了を記念するものなど,治水事業関係の碑もいくつか見られる.対象地域千曲川上流から①千曲川上流地域②犀川合流地域③千曲川須坂地域④千曲川小布施地域の4地域に分類して考察した.地形と災害文化の立地関係について明らかになったことは,上流地域では平地が少なく,災害文化の多くは僅かに分布する自然堤防に立地するが,一部は山地に立地する.そこには,洪水の度に住民が避難した記録が残る山神を祀る神社がある.信仰の対象が水神だけでなく,避難し命が救われた恩恵から山神への信仰にもつながったと考えられる.一方,さらに下流にあたる②~④地域では,扇状地や氾濫原が広がる.流路に沿って自然堤防が明瞭に発達し,そこに寺社や石造物が分布する.水の侵入を防ぐためや,村に被害が出ないことを祈願し,水害に遭うことを想定して建立した経緯が考えられる. 災害発生と信仰への影響について,対象地域の中でも特に毎年水害に遭った綱島村には,旧堤防の上にさらに土台を作って水神を祀り,最初に建立された江戸時代から水害に遭う度に再建された場所がある.屋島村や長沼村も被害が多かったが,一か所に数体の石造物が並ぶ場所があり,1体水害で流失した後に再建されている.集落の安全祈願のためだけでなく,住民が教訓として水神碑を建て後世に伝え残していこうとした思いが他の場所より伝わる場所である.全国の水神信仰(福岡県,岐阜県,広島県等)と比較しても,千曲川流域の石造物数は多い.また,最下流の小布施地域では川の神を‘河伯さん’と親しみをもって呼ぶ.水運も盛んな地域であり,水防以外でも川への信仰心を持ち広まったものである.
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© 2018 公益社団法人 日本地理学会
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