日本地理学会発表要旨集
2018年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: 414
会議情報

発表要旨
インド・ラダックにおける山岳観光と地域ガバナンス
*辰己 佳寿子ダス アルンデルダール アミン木本 浩一
著者情報
会議録・要旨集 フリー

詳細
抄録
1.問題の所在

1970年代以降、国立公園等による保護区の指定は、地球環境問題解決の「よき」手段として世界各地に普及・滲透していった。保護区の設置に伴い、土地獲得競争、移住・再定住政策、ヒトと動物とのコンフリクト、観光開発などの諸問題が深刻化している。保護区という境界線がトップダウンで引かれ、住民の生活圏が保護局に管理されることにより、住民の生活様式の変化や地域社会の変容が起こることも少なくない。持続可能性を考慮すると、保護区として「持続可能な」地域ではあっても、地域の住民による「維持可能な」地域になり得るとは限らない。住民による地域ガバナンスのあり方が問われている。

2.本研究の目的

本研究では、保護区の設置に伴う変化のひとつとして、観光開発に焦点を当てて、上記課題に接近していきたい。農村開発のひとつとして観光開発が「よき」手段としてとりあげられることが多いが、観光開発には光と影の両側面がある。どのような形態でどのような観光客を受け入れるのか、地域におけるガバナンスが問われている。本研究では、保護区指定による観光開発によって、住民の生活様式や地域社会がどのように変化したのか、管理局や旅行会社との良好な関係構築しながら、どのような地域ガバナンスが行われているのか、ラダックの国立公園のコミュニティの取組を事例としてとりあげる。

3. インド北部ラダックのコミュニティの取組

インドのジャンムー・カシミール州東部、チベット文化圏に属するラダックの山岳地帯にあるHemis国立公園は、1981年に保護地区に指定された。Hemis国立公園内の集落は、戸数は1~15と極端に少なく、地縁・血縁関係で結ばれる傾向の強いコミュニティである。いずれも、限られた土地を有効に利活用し、自給自足の生活をしている。山岳観光のトレッキングルートとして、観光客が訪問することもある。その際には、地域住民は、観光客をホームステイという形態で受け入れている。旅行会社は、彼らの取組に対して理解を示し、ひとつの家庭に観光客が集中しないように、ローテーションで各家庭に案内している。

この取組は、地域住民のガバナンスのなかから自主的に提案された方法であり、野生動物保護局は後方支援の体制をとっている。コミュニティ内では、従来から生業をベースとした互助関係が確立しており、観光開発に対する対応、保護局や旅行会社との対外的な交渉など、新たな対応においても、コミュニティに備わってきた地域ガバナンスが効力を発揮している。この宿泊業は、生業に付加する位置づけとして部分的に営んでいるだけで、観光業への転換ではない。

これらの取組は、地域ガバナンスを通して、コミュニティに新たな機能が付加されたとも捉えられ、観光客の質の担保、客数の制限、観光による無秩序な活動を統制、環境保護などの効果がある。コミュニティの自治と地方政府、民間との連携体制が構築されている事例としては注目に値する。

4.住民による「維持可能な」地域社会の実現にむけて

以上、保護区設置を受け入れたうえで、関連団体や機関とどう折り合いをつけて、住民による自主的な取組が実現する地域ガバナンスが重要であることを示した。観光開発が、インド国内、日本国内だけでなく、多くの地域の開発手段として採用されているなかで、観光資源の有効活用と同時に無秩序な観光開発を規制するこのような取組は、地域の住民による「維持可能な」地域社会の実現にむけた観光開発として示唆的である。

[参考文献]

宮本憲一 2006. 『維持可能な社会に向かって』岩波書店.

ノーバーグ=ホッジ,H.著, 「懐かしい未来」翻訳委員会訳 2017.『懐かしい未来-ラダックから学ぶ』懐かしい未来の本.
著者関連情報
© 2018 公益社団法人 日本地理学会
前の記事 次の記事
feedback
Top