抄録
1. はじめに
干潟の干出、冠水は熱交換作用を複雑に変化させる要因となり、表面温度や水温に影響を与える(水鳥ほか1983;松永ほか1998)。その結果、干潟内の気温は干潟の干出しない沿岸部とは異なる特徴を有している。しかし、それらを干潟周辺の気温変化に関連付けた研究は少ない。そこで本研究では、干潟内の水温や表面温度の観測を行うとともに、干潟周辺の気温などの観測や既存の気象データの解析を行うことにより、干潟の干出、冠水が夏季に周辺の気温にどのような影響を与えるのかを明らかにすることを目的とする。
2. 調査方法と使用データ
調査地は千葉県木更津市の沿岸に干出する盤洲干潟である。盤洲干潟は東京湾内に位置し、小櫃川が運搬した砂泥が前浜部に堆積して形成された前浜干潟で、日本でも最大級の干潟である。
干潟の干出・冠水が周辺の気温にどのような影響を与えるかを調査するために、2017年7月9日~9月30日の期間に、干潟に面した4地点と海岸から約4km離れた1地点で気温計(T&D社製TR-52i)を設置し、10分間隔で気温を記録した。また、干潟の干出が気温に影響を与える場合、どのような気象条件の時に特徴があらわれやすいかを明らかにするために、環境省の大気汚染物質広域監視システム(木更津市内7地点)の風向、風速の1時間値を使用した。同様に、観測地に最も近い、気象庁の観測地点であるアメダス木更津の気温、風向、風速、日照時間の10分値及び風向、風速の1時間値を使用した。
定点観測期間中において日中に干潟が干出している日と干出していない日を抽出するために、アメダス木更津の降水量、日照時間、潮位の1時間値も使用した。抽出条件は、①1日を通して降水がなく、②日照時間が7時間以上で、③9時から14時の間に干潮をむかえ、④その時の潮位が50cm以下であるという4点とした。①から④のすべてを満たす日を干潟干出日とし、干潟干出日を除く①、②のみを満たす日を干潟が干出しない晴天日とした。
3. 結果と考察
結果として、盤洲干潟周辺の気温変化は、風の吹走パターンにより異なることが明らかになった。風の吹走パターンは、南西寄りの風が吹走する日、風向が定まらない日、海風が吹走する日の3種類に分けることができた。
図1にアメダス木更津と内陸の1地点を内陸部の地点とし、その2地点の気温平均と沿岸の4地点との気温差を示す(正の値は内陸部より気温が高いことを示し、負の値は気温が低いことを示す)。風向が定まらない日(図1上)と海風が吹走する日(図1下)に分類される干潟干出日には、干潟に海水が流れ込むことで表面温度の上昇が抑えられ、内陸との気温差が大きくなり、その変化は1時間から2時間程度でみられなくなることがわかった。このような変化は、風が弱く風向が定まらない干潟干出日に明瞭にみられ、その気温差は最大で-3℃程度であった。風が強い南西よりの風が吹走する日にはこのような特徴はみられなかった。