抄録
1.はじめに
地理学関係学界ではジオパークと教育の関係が度々論じられてきた。最近では,2016年の『地学雑誌』(125巻6号)は,「ジオパークの教育力―教育から学習へ―」と題され,学校教育・社会教育・観光教育・ESD(持続可能な開発のための教育)等と関連づけた諸論考が掲載された。中等教員読者が多い月刊誌『地理』でも2008年・2014年とジオパーク特集号が組まれている。一方,報告者が専攻する社会科教育界における研究・実践の面でジオパークに接することはほとんどない(他方,世界遺産を扱う社会科授業研究・実践は多数ある)。ジオパークが,ESDをはじめ今現在求められている教育目標達成に貢献するにもかかわらずである。本発表では,それがなぜなのかといった問題意識を基底にしながら,「学校の地理教育」でのジオパークの可能性を論じる視点を提示したい。
2.教科「地理・社会科」学習としてのジオパーク
高校におけるジオパークを使った自らの実践を述べた柚洞ほか(2016)は,日本ジオパークネットワーク会員39地域の高校で行われているジオパーク学習のうち6割が授業での実施であり(4割は部活での学習),その内訳は学校設定教科目が25%,総合が22%,地学が20%と報告している。ここからは,ジオパークを使った学習が,既存の学校教育課程に収まりきらない幅広さ・深まり・動態性を擁していること,並びに教科としては社会科よりも理科的(地学的)な学習として見なされる傾向があることを推察させる。この傾向は,ESD及び防災教育と共通しており,ESDとしての教科授業開発枠組み(志村 2017)は,ジオパークを使った地理教育にも援用できるであろう。
その際には,次期学習指導要領における教科の目的・内容・方法に合致させることが必須であり,学校現場の感覚からすれば,先ずは表1(小・中の事例)のような学習「内容」にどのように埋め込むかが直面する問題となり,小・中学校の社会科・高校の社会系教科(地理歴史科・公民科)における地理的内容の位置づけ,とりわけ自然地理的内容の脆弱さが課題となる(山縣 2017)。これは,地理・社会科授業を担当する教師の自然地理的内容・方法の学修程度にも関連しており,学校教育だけでなく教員養成にも敷衍する。
一方,地理・社会科教育の「目的」からすると,地域の自然・人文的事象の客観的認識だけでなく,価値認識,そしてそれらを活用した持続的な地域社会の構想(対象の管理や振興のための社会的仕組み・組織の在り方等)をジオパークが含むことは,大きな意義を有する。なぜならば,学習対象が「何で,なぜ価値があるのか」の問いと,「地域社会の課題は何で,どのように解決できるのか」の問いとを交差させ,将来社会へのストーリーとして提示する力が社会科学習成果として求められている中,自然と人文・社会を結びつけるのは地理学習以外にはないからである。そして,目的は内容よりも優先している。
3.教科横断的な学習としてのジオパーク
ジオパークにかかわるこれまでの学校教育実践が,総合をはじめとした教科横断的・領域的な位置づけで多くなされてきたことは事実で,それは今後も大きく変わらないであろう。その際には,学習指導要領の基底をなす学校教育目標(思考力・実践力の育成等)に地理教育がどのように貢献するのかかが要点となる。この点,各地で積み重ねられてきた実践は大きな成果であり,それを求められている学力像の枠組みに位置づけ・評価検証し・再考・発信することが重要である。
文献:
志村喬 2017.教科教育としてのESD授業開発の手法―社会科授業を事例にー.井田仁康編『教科教育におけるESDの実践と課題―地理・歴史・公民・社会科―』10-25.古今書院
柚洞一央・山下聖・高橋冴 2016.室戸高校における地理学的視点を取り入れたジオパーク教育.地学雑誌125:813-829.
山縣耕太郎 2017.地理教育における自然の取り扱いと第四紀学の役割.第四紀研究 56(5):187-194.