日本地理学会発表要旨集
2019年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: P011
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発表要旨
滋賀県高島市朽木の共有林に存在するトチノキ巨木林の立地環境
*手代木 功基藤岡 悠一郎飯田 義彦
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抄録

はじめに

トチノキ(Aesculus turbinata)は日本の冷温帯に広く分布する落葉高木である.発表者らは,滋賀県高島市朽木地域における胸高直径1m以上のトチノキの巨木が密生して分布する「トチノキ巨木林」の立地環境について検討してきたが,これまでは主に地域の中央部を流れる北川支谷に立地する私有地のトチノキ巨木林を対象としてきた(手代木他, 2015).本研究では,朽木地域の北西部,針畑川支谷の山地源流域に存在する,集落共有地に存在するトチノキ巨木林の特徴を明らかにすることを目的とする.

方法

調査は,朽木地域のM谷を対象に行った.M谷は安曇川の支流にあたる針畑川沿いに位置している.集水域全体のトチノキの位置をGPS受信機によって記録し,各個体の胸高周囲長を計測した.また,分布特性を把握するためにトチノキが生育する場所の地形環境の記載を行うとともに,谷底部からの比高をレーザー測量機によって算出した.また,トチノキが生育する集落においてトチノミや共有林の利用に関する聞取り調査も実施し,自然・人文双方の観点から立地環境を検討した.

結果と考察

トチノキは対象とした集水域に150個体が生育していた.そのうち30個体が巨木であった.トチノキが出現した地形面は主に谷源頭部の谷頭凹地,谷壁斜面,谷底部及び谷出口の扇状地であった.図1は,M谷におけるトチノキの胸高直径別の分布を示したものである.トチノキ巨木は谷の上流部にまとまって生育しており,谷頭凹地や谷壁斜面に分布が集中していた.一方で,集水域の下流部の谷底部や扇状地には小径木が分布していた.谷底からの比高は,小径木や中径木よりも巨木で高くなる傾向があった.これらの分布特性は手代木他(2015)で報告した北川支谷のトチノキ巨木林での傾向と同様であった.

 M谷の山林は,近隣のN集落が利用する土地であった.明治以降,朽木の多くの山林は私有地として分割されたが,M谷上流のトチノキ巨木林は集落の共有地として維持された.N集落では,他の集落に比べて比較的多くの共有地を残してきたが,トチノキ巨木林はこの場所のみで,他の山林は広葉樹を伐採し,スギの植林地となった.共有地のトチノキは,N集落住民のトチノミ採集の場として利用され,複数の世帯が昔からトチノミ採集を行ってきた.住民の一人は,トチノミ採集の用途のため,トチノキを伐らずに残したのだろうと語っていた.他方,隣の集落では,共有地をほとんど残さず,山林の大部分を私有地として分割した.山林の中には,M谷と同規模のトチノキ巨木林が存在していたというが,個人の裁量で植林地に変えてしまったという.すなわち,M谷においては,共有地という特徴が結果的にトチノキ巨木林の維持に繋がった可能性が示唆された.

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