1.研究目的
日本では1999年に食料・農業・農村基本法が制定されると,農業経営の法人化が施策に示され,2023年までに50,000法人に増加させることが目標にされた.2015年の農林業センサスによれば,農業法人数は27,101法人まで達しており,野菜生産で農業法人の販売金額が高く,大規模化が進行している.そこで,発表者は野菜生産を行なっている農業法人を野菜生産法人とし,野菜生産農家がどのように産地と関わりながら農業法人化しているのかを解明することを目的として研究を進めている(岡田2017;2018a;2018b).これらの研究は大都市圏の遠隔地である輸送園芸地域を対象としており,野菜の出荷先も比較的限定されている.しかし,野菜産地が大都市の消費地に近接している場合には,生産者は多様な出荷形態を取ることが可能であり,産地内には農協以外にも複数の出荷先が存在することがある.そこで,本研究では大都市近郊の野菜産地の事例として埼玉県深谷市を取り上げ,農家が産地と関わりながら,どのように農業法人化を進めているのかを明らかにする.
2.各野菜集荷先の取引形態の差異
2019年に深谷市では5つの産地市場と3つの農協,埼玉産直センター,および多数の産地仲買人が存在しており,各集荷先の主要取引品目は異なっている.産地市場と農協では出荷手数料は同程度であり,最終的に多くの野菜が京浜地域の卸売市場に出荷されている.しかし,産地市場では生産者は個々の野菜の品質に合わせて取引でき,仲卸業者が同質の野菜を多く確保することを可能にしている.一方,埼玉産直センターは卸売市場を通さずに直接野菜を生協や小売店に出荷している.生産者は野菜の規格に左右されずに,事前に決められた単価で取引できるため,年間の経営計画を立てやすい.また,埼玉産直センターでは出荷手数料に集出荷施設での野菜の選果手数料と箱詰手数料,および輸送費が含まれているため,生産者は野菜の流通経費を抑えることができる.さらには,生産者は野菜をコンテナ出荷できるため出荷労力を軽減できる.すなわち,深谷市で生産者が野菜の出荷先を選択する場合には,野菜の生産品目や品質,規格,流通経費,および出荷労力のどれを重視するかにより異なっている.
3.野菜生産法人の設立と存立形態
2018年に深谷市では野菜生産法人が14法人存在しており,このうち10法人が野菜生産を専門にしている.市内最大の経営規模の野菜生産法人は,就農時には各集荷先の主要取引品目に合わせて農協と上武生産市場に野菜を出荷していたが,埼玉産直センターへの出荷に移行すると,その利点を活かして農業法人化した.その後,同法人は野菜生産量の急増に伴い,品質向上と食の安全を進めて,仲卸業者や商社,および加工業者との契約取引を開始し,生産過剰分と不足分を調整して,規格外品の出荷先を確保している.すなわち,大都市近郊の野菜産地では野菜生産法人は多様な出荷先の特性を活用し,出荷先を変化させながら経営規模を拡大して,野菜の契約取引まで進めていた.大都市近郊の野菜産地で農家が経営規模を拡大させて農業法人化を進めるためには,多様な出荷先の特性を見極めて,それを段階的に活用することが必要であった.
参考文献
岡田 登2016:日本における野菜生産組織の分布特性.地球環境研究,18,105-114.
岡田 登2017:鹿児島県指宿市における農業法人設立と野菜産地の変容.2017年度日本地理学会春季学術大会要旨集.
岡田 登2018a:野菜生産法人の設立とその存立要因—鹿児島県大崎町を事例に—.2018年度人文地理学会大会要旨集.
岡田 登2018b:鹿児島県沖永良部島における野菜生産法人の設立と取引先の変化.研究年報,49,23-36.