性的少数者は異性愛規範的な空間および社会的抑圧から自らを守るために,主に都市で可視化された自らの領域を形成するとされる.日本でもセクシュアル・マイノリティに対する関心は高まっており,行政が支援する事例もみられる.本報告では,そのような性的少数者に焦点を当てた地理学的研究を概観し,今後の研究課題を述べる.
同性愛が可視化された空間に対する1983年のCastellsの議論は,その後の研究に大きな影響を与えている.現在,そのような空間は新自由主義によって市場システムに組み込まれ,観光地化した地区もある.これらの動きは,主流社会や市場から一部の当事者を排除するだけでなく,性的少数者が権利の獲得を図るうえで主流社会から「望まれない」当事者を排除するよう促している.英語圏では経済的側面だけでなく,社会的・文化的・政治的側面から同性愛的な空間の変容・再構成に関して多様な議論が展開されている.
日本の地理学では,『空間・社会・地理思想』にセクシュアリティの地理学に関する海外論文の翻訳が掲載され(例えば杉山 2000),海外の動向を知るうえで大きな貢献を果たした.また,村田は男性の空間を議論するなかでセクシュアル・マイノリティを対象にするなど(例えば村田 2002),日本の地理学においてセクシュアリティを扱った事例は増えている.発表者も,「新宿二丁目」においてゲイ男性の場所イメージを考察した研究や「新宿二丁目」地区の存続を扱った研究(須崎 2019a,b)を行ったい,日本においてもセクシュアル・アイデンティティと空間とが密接に関連することや,同性愛的な空間における異性愛者の存在は同性愛者の場所イメージや空間構造に影響を与えていることを明らかにした.
今後の課題として,日本においては同性愛的な空間/場所をめぐるセクシュアリティ,ジェンダー,階級の関係性が十分に考察されていない.これらは同性愛者だけでなくトランスジェンダーをも含む議論であり,包摂/排除という視点から考察する必要がある.