日本地理学会発表要旨集
2020年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: S102
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発表要旨
ダムと環境保全の対立
*伊藤 達也
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抄録

今年も球磨川流域や筑後川流域等で水害が発生し,多くの人がなくなり,多くの家屋が被害を受けた。水害のない社会,洪水で人の死なない社会をつくることは人々の共通の願いであり,そのための対策を取り続けることは社会の最優先事項である。その際,ダムが水害を防ぐ有力な手段であることは間違いない。特に今回,球磨川流域で発生した水害は,ダムなき治水を目指していた地域で発生しただけに,「川辺川ダムを造っておけば今回の水害を防ぐことができた」とか,「川辺川ダム計画を止めた民主党,熊本県知事が今回の水害の原因である」といった過激な言葉も現れている。では,果たして川辺川ダムができていたら,今回の水害を防ぐことはできたのか。今後の球磨川流域の治水対策において川辺川ダムは不可欠なのか。そして,私たちはダムによる治水とダム以外の手段による治水をどのように考えていったらよいのか,について考えていく。

 川辺川ダムがあったら水害を「防ぐことができた」,「防ぐことができなかった」と現時点で断定することはできない。様々なデータが揃い,科学的検証をした後に判断すべきだ。ただ,手元にある状況証拠で語れる部分があるとすれば,「川辺川ダムがあったとしても水害を防ぐことはできなかった」と思われる。また,同時に「川辺川ダムがあれば,その能力に応じた水害の軽減はできた」であろう。川辺川ダムは建設中止宣言にもかかわらず,計画は消えていない。ダム治水容量は 9,200 万 m3である。今回の水害時にこのダムが貯水量を空にして存在すれば,9,200 万 m3の流量を貯めることができた。一方,球磨川本流には既に市房ダムがあったが,人吉市内での堤防溢流時,洪水流量をカットする機能を失っていた。そしてこの球磨川本流からの残流量が 7 月 4 日 7 時頃に人吉市内での堤防溢流をもたらしたと大熊(2020)は述べている。

 河川整備基本方針によれば,人吉地点での球磨川の最大流下能力は毎秒 4,000m3である。それに対して堤防溢流時,球磨川には毎秒 5,000m3を超える水が流れたと推測されている。従って「今回の水害において川辺川ダムができていた場合,球磨川を流れる河川流量の一定程度をカットすることができた。しかし,それでも河川に流れる流量は毎秒 4,000m3 を大きく超えるため,少なくとも溢流に伴う水害を防ぐことはできなかった」。「ただ,川辺川ダムの流量カット機能は大きく,水害被害の緩和には役立ったであろう」。

 では,川辺川ダムがあった場合,どれくらい被害を緩和させることができたのか。これについてはよくわからない。球磨川本流,川辺川以外の球磨川支流の洪水によって亡くなった人は,川辺川ダムがあっても助けることはできない。球磨川本流の溢流で市街地に水が流れ込んだ結果亡くなった人も,川辺川ダムでしか助けることができなかったかは不明である。一方,川辺川ダムが河川流量を大きくカットしていれば,それによって逃げる時間がより確保できたかもしれない。さらに,市街地への洪水流入による建物への被害は,川辺川ダムによる流入流量の減少分に応じて緩和されたであろう。

 ダムは環境を破壊する。ダム下流部での河床低下,海岸浸食,ダム地点での水生生物の移動遮断,ダム上流部での堆砂,水害誘発等,これだけ自然環境を痛めつける構造物も他にない。従って,ダムは,自然環境に及ぼす影響が大きいことなどのため,原則として建設しない,というのが 2003 年淀川水系流域委員会の答申である。また,予算制約の中でダムを無限に造り続けることはできない。こうした環境制約,経済制約をどのように考えるかが今後の議論の焦点となろう。球磨川流域は球磨川のもたらす恩恵によって地域経済の基盤を作りあげてきた。その中にはダムがないことによって得られた恩恵も大きい。そうしたダムのメリットとデメリット,ダムなし治水対策のメリットとデメリットを冷静に議論すべきである。

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