主催: 公益社団法人 日本地理学会
会議名: 2020年度日本地理学会秋季学術大会
開催日: 2020/10/10 - 2020/11/22
地球温暖化により、日本では1時間当たり50 mm以上の降雨量を記録する回数が増加傾向にある。これに対して、現在の都市部における中小河川の治水対策は1時間当たり50 mm以下の降雨量に対応するよう設計されているものが多い。多くの研究は、これらの従来型の治水管理方法の限界を明らかにしており、代わりとしてNatural Flood Management (NFM) などの自然河川が本来もつ作用・機能を活かした洪水対策が有効であると主張している。
英国ではこのNFMが推進されており、その成功例として挙げられるのが河川の再蛇行化や氾濫原の創出を行った、ロンドンを流れる都市河川River Quaggyである。River QuaggyのNFMは主に公園の中でのみ行われ、それらにより合計15,000 m3の洪水が貯留され、再生前の5年に1回から最低70年に1回の洪水に対応できるようになった。
そこで、本研究ではRiver Quaggyに河川形態や周辺の土地利用が類似する武蔵野台地を流れる河川の中から、東京都の野川と埼玉県の砂川堀をケースに選び、緑化に伴う粗度の上昇が洪水にどのような影響を与えるかを検証した。また、対照実験としてRiver Quaggyにも同様の実験を実施した。現実の緑化は浸透能の増加を促すが、本研究は浸透能に関しては実験範囲に含めず、粗度のみが増加したことによる洪水への影響を調べた。
本研究はHEC-RASを用い、以下の2つのシナリオに基づいて、一定の地域の粗度 (Manningの粗度係数n)を上昇させた。1) 限られた範囲での粗度上昇:River QuaggyのNFMを目的とした公園再生事例を参考に、3つの河川の上・中・下流それぞれに森林から成る公園をつくったと仮定し、その範囲内で粗度を増加させ、そのマニングの粗度値をn=0.1とした。これは主に森林に代表される粗度の値に等しい。2) 3つの河川流域の都市部の粗度を増加:都市部を再緑化した場合におこる粗度上昇を仮定し、土地利用データの都市部の粗度値を増加させた。都市部のマニングの粗度値はPapaioannou et al. (2018) を参考にn=0.025に設定し、少量の緑化が都市で行われたと仮定した。
1) においては、局地的に粗度を増加させた場合、1)-a) 周辺の水位と流量がどう変化するか、そして 1)-b) 最下流部の水位と流量はどう変化するかに注目し、2) については、最下流の水位と流量に注目した。ここで、雨量は2019年の台風19号の際の埼玉県都幾川地点のデータと、砂川堀に洪水をもたらした2016年8月の所沢地点のデータを使用している。都幾川の雨量は1日当たり572 mm、所沢の雨量は1日あたり208 mmで、それぞれ大規模・中規模の洪水をもたらした雨量を使用した。
1)-a) に関して、局地的な粗度の増加は、どの河川でも、主に中流域と下流域で水位と流量を減少させたが、上流での水位・流量の減少量は比較的少なかった。また降水量が多くなる (台風19号・都幾川地点の降水量) ほど各地域での水位・流量の減少量は少なくなった。1)-b) については、局地的な粗度の増加だけでは、最下流の水位と流量は大きくは変化しなかった。上・中流域で局所的に粗度を増加させても最下流への影響はほぼ見られず、下流域で粗度を上昇させたときのみピーク前に少量の水位・流量の減少が示された。ここでも降水量が大きくなるほど水位・流量の減少量は少なくなった。2) 都市部の粗度を上げた結果、どの河川・降水量でも最下流の水位と流量は増加した。ここで、どの河川でもピークへの到達時間は遅らせているが、ピーク時の水位・流量は増加していた。
これらの結果から、局地的な緑化(粗度の上昇)はローカルな地域への治水効果はあると結論付けることが出来る。また、上流ではそれほど治水に対する効果が表れなかったことから、NFMは1つの手法がどの地域にも当てはまるわけではなく、それぞれの地域の地形・地質・土地利用などに合った方法を適用することが望ましいということが示された。また、最下流への影響が少ないことは、粗度の上昇は他のNFM手段、例えば河川の再蛇行や土壌浸透の促進による洪水の保水・貯留、遊水機能を果たす窪地の造成を合わせて行う必要があり、また今後のモデル実験はこれらの要素を組み込んで実施する必要があることを示している。さらに、都市部の粗度上昇によるピーク水位・流量の増加は、現在の、流域から最短で集水をおこない海へ排出するという河川構造では、流域の広範囲で粗度の上昇が起こると治水効果に対して逆の効果をもたらすことを示すと考えられる。現在の河川構造を急激に変えることは困難であり、また危険を伴うので、都市部の粗度上昇には他のNFM手段を合わせて講じる必要があると考えられる。