日本地理学会発表要旨集
2020年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: 201
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発表要旨
「島嶼性」による島々の社会的ネットワークとその可能性
*前畑 明美
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抄録

1. 「島嶼性」による島々の社会的ネットワーク

 「島 island」とは水に囲まれ、自然に形成された陸地であるというのが、世界のスタンダードな定義である。しかしながら、watery landを由来とするislandが陸地の視点から捉えられた概念であるのに対して、島は文字通り「山の上にいる鳥」を表象する海から捉えられた概念であり、洋の東西には根本的に異なる人々の島へのまなざし、島嶼観がみられる。後者の主体は、島から島へと海を渡っていた人々であり、日本列島では3万8千年前には島々の往復航海がなされていて、人とモノが行き交う双方向の社会的ネットワークが太古の時代にみられたことになる。こうした島をめぐる一連の動きの原動力が「島嶼性」という島の性質であり、その島の環境的特性を活かしながらコミュニティが育まれ、そこから自島にはないものを補うべく相互補完のネットワーク化へと機能していく、深層性を秘めた性質である。1933年に発行された日本で初めての島の雑誌、『嶋』(柳田國男・比嘉春潮編)においても、島々には絶ち切れない連鎖や共通点、すなわち「島々のネットワーク」と「島嶼性」があると示されている。

2. 島々の多様なネットワークと島嶼生活空間の充足

 こうした「島々のネットワーク」には、島ごとに環境的な特性、生活条件が異なるため、おのずと多様なパターンの展開がみられる。大きな島─小さな島、高い島─低い島は、日本列島の基本的な衣食住の充足に欠かせられないものであり、北の島─南の島のダイナミックな繋がりが島国独特の食文化を築き上げてきた。外海の島─内海の島は、外洋とも接続する「交通の大動脈」としての瀬戸内海圏を形成し、その多島海の島々の存在は古代の水都や「稲穂の国」の出現にも関わっている。マクロ的には日本列島そのものが「多島海の島々」であり、近世期には津々浦々を結んで沿岸の生活・交易ネットワークの形成へと発展した。近年の「日本ネシア」という新しい概念は、以上の多様な相互補完のネットワークにより生活空間を充足させてきた日本の島々の動態的な姿を捉えたものといえるだろう。

3. 島々の医療体制の現状に見るネットワークの変質

 一方で、明治の近代化において登場した「本土─離島」という官庁用語が今日広く一般化し、現代社会における本州の陸地を中心とした島嶼観への移行を指し示している。また島々の医療体制の現状からは、そうした本土一体化のベクトルにおけるネットワークの変質も見受けられる。

 日本の島々の医療体制づくりでは、これまでより大きな島の医療拠点への急患搬送が主要な論点とされ、したがって島々を橋でつなぐ架橋化が最善策とされてきた。しかし、当該島側のボトムアップ(住民の主体的対応)、および大きな島側からの包括的な支援、連携体制という双方向での取り組みがなくては現場完結には至らず、島の医療問題が改善されることはない。現時点においては、住民側の初期対応と共に、医療資源の偏在是正に向けた医療施設・機器の拡充、島医者の育成、5Gによる遠隔診断の導入など、医療圏内の支援・連携による後押しが課題となっている。

 機能不全にある日本の島々の医療体制の現状は、島々のネットワークの変質が顕在化したものといえ、「島嶼性」による基本的ネットワークの形成が、こうした現状の打開、さらには島々の生活空間の充足へと寄与していく。

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