日本地理学会発表要旨集
2020年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 919
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発表要旨
戦後復興期の都市祝祭の創出
‐高知よさこい祭りを中心に‐
*内田 忠賢
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抄録

戦後日本の都市祝祭

戦後、各地では、新しいイベント祭りが次々生まれた。時期的に、a戦後復興期に始まった祭り(金沢「百万石祭り」など)、高度経済成長期に創出された祭り(東京「大銀座祭り」など)、c第1次オイルショック以降に始まった祭り(広島「フラワーカーニバル」など)、d第四次全国総合開発(四全総、1987年)以降に創出された祭り(大阪「御堂筋パレード」など)と分類できる。もちろん、e近世以前から続いている祭り(京都「祇園祭」、博多祇園山笠など)、f近代期に創出された博覧会的なイベント祭り(京都「時代祭」など)も戦後、復活した。eに分類される徳島「阿波踊り」や青森「ねぶた祭り」は戦後、観光振興や 地域活性化のため、高度経済成長期に大きく変貌している。

近代期、ローカルな文脈だけでなく、ナショナルな文脈に編成され、その後の高度経済成長期に変貌した越中おわら風の盆のような祭りも少なくない。本報告では、戦後復興の中で、都市祝祭がどのように生まれ、また、高度経済成長期にいかに変貌していったか、さらに、近代性から脱皮し、現代性を獲得していったプロセスをトレースする。

高知よさこい祭りのローカルな文脈

戦後復興の中、商店街の活性化を目的に、高知よさこい祭りは生まれた(1954年)。戦後、創出された商工イベントでは、地域住民が広範に参加できるよう、多種多様な出し物で構成される場合が多い。多彩なグループが登場するパレードだけでなく、地元物産が展示され、コンサートや発表会が行われる。高知よさこい祭りが特異なのは、開始2年目から、踊り(鳴子踊り)に特化する方針を取ったことだ。このシンプルな方針と、その後の分かりやすい約束事が、スタートから約40年後に全国、世界へと伝播、展開する原点となった。参加する祭りと(地元の人だけでなく、観光客が)見る祭りを兼ね備えた。

昭和20年代、四国最大の祭りと言えば、隣県・徳島の阿波踊りである。それまで、高知市の祭りといえば、花台と呼ばれる装飾屋台の引き回しと、それに伴う歌舞音曲だけであった。戦後復興期の高知市の商工関係者には、阿波踊りに対抗できるイベントを創出したいという思いが強かった。1942(昭和22)年から始まった商工復興祭、3年後の南国高知産業博覧会の出し物のひとつとして、よさこい鳴子踊りが考案された。常議員だった入交(いりまじり)太兵衛は「阿波踊りのような、呼ばんでも人が集まるようなことを考えんと、高知はさびれてしまうぜよ」と言い、観光部会代表の浜口八郎は「阿波踊りに対抗できるような、踊りみたいなものをやりたいが、考えとうせ」と主張する(『20年史』)。踊りを依頼されたのは、土佐のモーツァルト、武政英策と日本舞踊5流派の師匠たちである。テーマソングと正調踊りを創作した他、阿波踊りとの大きな差異を出すため、両手の鳴子を打ち鳴らし、メーデーのジグザグ行進を応用したパレードした。

長尾洋子『越中おわら風の盆の空間誌』に導かれながら、近代期の都市祝祭のあり方と戦後復興期以降のそれとを比較しながら、時代のナショナルな文脈、グローバルな文脈に飲み込まれてゆく都市祝祭の姿を描きたい。

文 献

阿南 透 1997「伝統的な祭りの変貌と新たな祭りの創造」小松和彦編『祭りとイベント』小学館

内田忠賢 2011「高知「よさこい祭り」‐進化しつづける祭りの原点」早稲田大学日本文化地域研究所編『土佐の歴史と文化』行人社

内田忠賢 2020「都市祝祭の現在‐よさこい系祭りの競技化‐」奈良女子大学文学部教育年報16(印刷中)

武政英策 2000『歌ありてこそ』武政春子(私家版)

長野隆之2007『語られる民謡‐歌の「場」の民俗学』瑞木書房

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