1.研究の背景と目的
東京都渋谷区の南側に位置する代官山は, 1980年代以降, おしゃれな街として雑誌メディア等で紹介されて以降、知名度を高め, 当該地域には商業・サービス業系の店舗が多数出現し始めた(成瀬 1993). 今日でも代官山には, 多くの商業施設が集積し, 独自の商業環境を構成する. ところで都市特有の景観として, 建造物やモニュメント等のほかに言語景観がある. 日本の都市やアジアの都市の様に, 多くの看板が使われているところでは, 言語景観が主要な景観要素の1つを構成する(正井1983). 本研究では, 代官山の商業環境のなかでも, 特に当該地域に多いカフェ・喫茶店の店名(言語)・文字(視覚デザイン)に注目することで, 代官山の言語景観の特徴を明らかにすることを目的とする.
2.調査方法
本研究では, 対象地域を猿楽町, 代官山町, 恵比寿西1丁目, 恵比寿西2丁目の4つの行政区域に設定し, カフェ・喫茶店の言語景観を調査した. なお, 複合ビル内の店舗や移動店は調査対象外とし, 道路沿いの店舗と看板に限定した. 分析の対象は, 店名(言語・フォントデザイン)とメニュー看板の言語種類である. 欧文書体の分類は, 甲谷(2010)を参考に5つのフォント(セリフ, サンセリフ, スラブセリフ, スクリプト, ブラックレター)に分類した. また, 店名に複数のフォントを使用している場合は, それぞれカウントした. なお, 手書きや電飾の看板類は分類から除外している.
3.調査結果
4地区で合計70店舗(猿楽町18件, 代官山町20件, 恵比寿西1丁目6件, 恵比寿西2丁目26件)の調査から得られた結果は以下の通りである. まず, 店名の言語は, 英語が42件, フランス語が8件, 日本語が7件, イタリア語が5件, スペイン語が4件, スウェーデン語・中国語・ポルトガル語および数字が各1件であった. また, 70件のうち66件(約94%)がアルファベット表記である.
次に, メニュー看板の言語について, 日本語と英語が混在した表記が32件, 日本語のみの表記が17件, 英語のみの表記が9件, 日本語・英語・中国語が混在した表記が1件であった. また, 日本語・英語混在の表記において, 言語の順に注目すると, 日本語優先型が17件, 英語優先型が15件であった.
最後に, アルファベットのフォント使用状況について, サンセリフが31件, セリフが17件, ファンシーが8件, スクリプトが6件, スラブセリフが1件であった. 最も多いサンセリフは, 英語の店名表記に多く, 31件中20件(約65%)においてその使用が確認できた. 一方, 英語以外の店名表記にはサンセリフ以外のフォントが使われる割合が高く, 18件のうち12件(約67%)確認できた.
以上のことから, 代官山の言語景観において, 英語のほかヨーロッパ言語が多く, 日本語が少ないこと, また, アルファベット表記が深く浸透していることがわかる. 言語の種類やフォントの視覚的デザイン性も, 代官山の「おしゃれ」な印象に少なからず影響を及ぼしていると考えられる. なお, 今回は, カフェ・喫茶店に業種を対象としたが, 現地調査ではレストランやアパレル・ヘアサロン等も多いことがわかっている. これらの業種の言語景観とそのデザイン性はどういったものであり, また時代と共にどのように変遷してきたのかを今後の課題としたい.
【参考文献】
成瀬厚 1993. 商品としての町, 代官山. 人文地理 第45巻 第6号.
甲谷一 2010. 『きれいな欧文書体とデザイン 名作書体の特色とロゴづくり』ビー・エヌ・エヌ新社.
正井泰夫 1983. 新宿の喫茶店名−言語景観の文化地理−筑波大学 地域研究1:49−61.