主催: 公益社団法人 日本地理学会
会議名: 2020年度日本地理学会春季学術大会
開催日: 2020/03/27 - 2020/03/29
はじめに
サガルマータ(エベレスト山)国立公園は,世界自然遺産にも登録された山岳国立公園である。自動車道路のない公園内の移動には,いわゆる登山道が使われている。多くの山岳地域とは異なり,サガルマータ国立公園では,人だけではなく観光関連物資を運搬する家畜(ナムチェ・バザールより高所では雄ヤクとゾプキョ,低所ではミュール=ウマとロバの交配種)が登山道を利用している。特に最近になってトレッキング観光が盛んになり,観光関連物資運搬の家畜が登山道を利用する機会が増加しているものと考えられる。登山道の荒廃についてはNepal & Nepal (2004)の研究が行われているのみである。
そこで,本研究では,Google Earth画像,UAVを用いて撮影した写真の解析,ならびに現地観察によって,登山道の荒廃の現状を把握した。Google Earth画像と現地観察はエベレスト街道沿いの広域で行い,UAV(DJI社製,Mavic 2 Pro)を用いた登山道の図化はナムチェ・バザールとクムジュンの間の2区間(標高3,824〜3,838 mの「上区間」と標高3,694〜3,718 mの「下区間」)で2019年11月21日に実施した。図化した区間長は,上区間で約165 mで,下区間で約145 mである。GCPは,それぞれの区間において,アンテナ(Tallysman社製,TW4721)をRTK GNSSモジュール(EMLIP社製,Reach M+, RCH102)につなぎ,一組をローカル基準局とし,もう一組を移動局として対空標識(6カ所)の位置情報取得に用いた。撮影した写真は,AgiSoft Metashapeで解析した。
Google Earth画像の解析
調査地域に関しては,2008年〜2017年の画像が公開されている。2017年の画像から,平坦な場所に登山道が設けられている場合に登山道の複線化が著しく,しばしば5〜10本の登山道が並行して発達していることがわかった。ガリー侵食もこうした区間で著しい。
Google Earthで2008年と2017年の画像を比較すると,後述のUAV写真による図化範囲の一部で,2008年にはみられなかったガリー侵食が2017年までに発達したことがわかる。また,登山道周辺の植生は残ってはいるものの植生の被度が低下している区間が増加していることがわかる。
UAVによって作成した地形図の解析
図化した2区間のうち,上区間では複線化した登山道が連結して幅が13 mを超える場所があり,ガリーの深さは最大80 cmほどに達している。下区間では登山道の幅は10 mを超えていて,ガリーの深さは最大100 cmに達している。
UAVによる写真から図化した登山道の荒廃の一部は,Google Earth画像から最近になって生じたものであると考えて良い。
オルソ画像をみると,現時点では登山道周辺の地表面が植生で覆われていても,広範囲で植生がまばらになっている様子がわかり,植生が広範囲にわたってダメージを受けている可能性がある。将来は,NDVIを用いるなどして植生の生育状況を明らかにし,登山道荒廃を面的に捉える必要がある。
最近の登山道整備の状況
2018年12月以降,2019年11月までの11ヵ月間で,これまでにはみられなかった整備が,パンボチェの下流やデボチェの上流,ナムチェ・バザールの下流などいくつかの区間で行われていた。これらの区間では幅2.5〜5.5 mの登山道を石畳やコンクリートで整備し,鉄の手すりや階段を設置しており,まるで中国の国立公園やジオパークの登山道を連想させる整備状況になっている。こうした整備は基本的には急斜面を横切る区間で多く,本研究で問題視している,複線化とガリー侵食の著しい草地上の登山道区間はいまだに放置されたままである。上記の登山道整備は草地や景観の保護・保全を目的としたものではなく,安全性と快適性の向上を目的としている。国立公園局による登山道整備の優先順位付けには大きな問題があるといえ,複線化とがり侵食の進行区間を広域で精度良く把握する必要がある。