日本地理学会発表要旨集
2020年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 202
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発表要旨
グローバル生産ネットワーク論:英語圏経済地理学における近年の理論的発展
*宮町 良広
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抄録

1.はじめに

 Journal of Economic Geography 誌は,2019年7月発行の19巻4号において「グローバル生産ネットワーク論:新たな理論発展に向けて」というタイトルの特集を組み,9本の論文を掲載した.同誌は,クルーグマン流の地理的経済学と伝統的な経済地理学の統合的発展を目指して2001年に創刊された学術雑誌であり,英語圏の社会科学のトップ雑誌の一つとして知られる(経済学分野16位/347誌;地理学分野5位/79誌,2016年).これは経済学・地理学の両分野において,グローバル生産ネットワーク論(以下GPNと略す)が注目の的となっている証しであろう.特集号の著者は総勢20名に及ぶが,それらの専門領域は地理学・経済学のみならず,社会学,政治学,経営学など社会科学全般にわたる.しかしわが国の社会科学にGPNが浸透しているとはいえない.地理学分野に限ってみると,拙稿(宮町,2014)を除けば、水野(2013)が英語圏の経済地理学におけるネットワーク的視点の研究の一つとして言及した程度である.小田ほか(2014)が翻訳した『経済地理学 キーコンセプト』において,グローバル経済地理の近年の新しい展開として若干触られているにすぎない.また荒木(2007)はGPN論の源流の一つである商品連鎖論を論じたが,GPNには言及していない.そこで本報告では,英語圏で注目されているが日本ではなじみのないGPN論の内容を理解・紹介することから始めたい.

2.GPN論の登場

 GPN論は1990年代末〜2000年代初めに英国マンチェスター大学の地理学科に在籍した研究者によって開始された.その中心はピーター・ディッケンであるが,その教え子でシンガポール大学勤務のヘンリー・ヤン,マンチェスターに赴任してきたニール・コー,マーティン・ヘス,さらに同大ビジネススクール教授だったジェフ・ヘンダーソンがコアメンバーである.ディッケンはその主著であるGlobal Shift の改訂を進める中でGPN論を発展させてきた.GPNとは「モノやサービスが作られ,流通し,消費される生産循環をベースとして,経済諸関係やガバナンス,制度,ルールなどをめぐって諸主体間で国境を超えて展開する経済・政治的現象の総体」と定義される(宮町,2014).ここでいうネットワークとは階層性に対置される概念で,要素間のフラットな関係を意味する.GPNアプローチの特徴は,多様な主体(企業,国家,労働者,消費者,社会的市民組織)の行動を重視すること,グローバルからロカリティまで幅広い地理的スケールを包含すること,地域経済発展に研究の焦点をあてることなどである.

3.GPN2.0 とその概念図式

 ディッケンが2000年代半ばに研究の第一線から退くと,その後の牽引役となったのがコーとヤンである.2人は共著で多数の論文を発表してきたが,その集大成と言うべき著書がCoe and Yeung (2015) である.以下では同書に依拠してGPN論を紹介する.同書は,2000年代に作り出された初期のGPN論をGPN 1.0 と命名した上で,それをアップグレードした理論をGPN 2.0 と呼んだ.2人によれは,GPN 1.0 の弱点は,価値,権力,埋め込みというGPNの3つの基本カテゴリーとそのダイナミクスを結びつける因果関係が解明できなかった点にある.そこでGPN 2.0 では,資本主義のダイナミクスが企業をはじめとする各種主体の戦略を規定するという観点を追加し,その戦略の決定が企業の価値獲得の軌道に影響を与え,最終的には特定の地域での経済発展や格差をもたらすという図式を提示した.当日の報告ではGPN 2.0 の特徴や地域経済発展のとらえ方について紹介したい.

※本研究はJSPS科研費17H02429の助成を受けている.とりわけ分担者である藤川昇悟氏(西南学院大学)・大呂興平氏(大分大学)による翻訳を利用させていただいた.

主要文献

Coe, N. M and Yeung, H. W-c. 2015. Global Production Networks: Theorizing Economic Development in an Interconnected World. Oxford: Oxford University Press.

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