日本地理学会発表要旨集
2020年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 802
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発表要旨
海上輸送と繋がった近代河川舟運による石見焼の流通
*阿部 志朗
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抄録

島根県西部の石見地方では,19世紀後半から石見焼と石州瓦という2つの陶器製品の生産が盛んになり,国内外各地におもに船で運ばれた。これまで日本海沿岸地域の北前船寄港地を中心にそれらの分布を確認し,近代日本海海運による物流の指標となり得ることを報告してきた。

 本報告は,従来の日本海沿岸地域から対象地域を内陸,とくに近世〜近代にかけて河川舟運が発達していた国内の河川流域に広げ,現地調査をもとに石見焼製品の分布を把握し,近代における北前船に象徴される日本海海運と河川舟運との日用品の流通の連結について考察することを目的とする。

 近代までの石見焼は,製品を大きな甕の中に小さな壺やすり鉢などを 入れ子状 にして梱包する「菰包み」に特徴がある。甕の底面に中身が分かるような墨字や刻印を印した場合があり,江戸末期から明治期にかけての甕の底面には窯印と甕のサイズ,梱包の中身が墨字で列挙されている。また1903(明治36)年から昭和初期にかけての石見焼製品は底面に「石見焼」の刻印がある。これらの特徴から大まかな生産年代をつかむことができる。

石見焼は工場(窯)の興亡・譲渡による資本移転が激しく,現在の石見焼窯元のうち明治期から存続している窯はない。そのため資料に乏しく,窯印が見つかってもその窯がどこに存在していたのか不明な場合も多い。窯の所在,時期が明確な製品を中心に考察する。

 調査は,石見焼産地の島根県を除く日本海に河口を持つ石狩川、岩木川,米代川,雄物川,最上川、信濃川(千曲川),阿賀野川,庄川,手取川、円山川、千代川、遠賀川などの河川の流域市町村の資料館や文化財指定の古民家などを中心に行った。

 上述の調査対象とした地域の多くで,近代初期の石見焼を確認した。1885(明治18)年に現在の島根県江津市の江の川河口の左岸で創業。多くの職人を雇い石見焼技術の指導的役割を果たした泉窯は,鉄道敷設による用地買収をきっかけに1916(大正5)年に廃業した。まさに北前船の時代の石見焼を象徴する窯である。今回の調査でこの窯の製品が雄物川中流の秋田県大仙市,信濃川(千曲川)流域の長野県中野市、長野市,手取川上流の白山市などで確認できた。いずれも,聞き取りで明治期から使われていたものであることが確認でき,北前船による海上輸送と河川舟運が盛んであった河川の川船とが連結した物流の実態の一端を確認することができた。ほかにも窯,時期が未確定であるが,墨字あるいは刻印がありあきらかに近代の石見焼と分かる製品を,河川流域の内陸地域で多く確認できた。

北海道〜本州にかけて近代までに河川舟運が盛んであったとされる大きな河川流域の内陸地域に,島根県西部で鉄道が敷設する以前からの石見焼が流通している。石見焼は,北前船と川船との連結による物流が内陸地域に及んでいたことの物証となりうる。

 調査では石見焼だけでなく肥前産の甕,尾道の酢徳利,鳥取の酒徳利,数は少ないが常滑焼の甕などの一般家庭で使われる他の陶器も散見された。これらの陶器類も合わせ近代日本海海運による物流の実態把握を今後の課題としたい。また鉄道輸送との関係も考察していきたい。

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