1.はじめに
門前町は参詣客を対象とする商店や旅館などが集積することによって成立し,商業・サービス業に特化した集落としての特徴を有している.地理学においては,門前町集落における景観的特色に関する研究,業種変遷や地価変動などの商業空間の変容に関する研究などがみられる.特に近年では,地域の活性化やまちづくりの視点からの研究が増加している.例えば橋本ほか(2010)は成田山新勝寺門前町の表参道に焦点を当て,門前町としての景観整備を進める上で,商店経営者が主体となった街づくり協議会と,これを先導するリーダーが,門前町としての商業空間の変容に大きな役割を果たしてきたことを明らかにしている.また,市川(2019)は,伊勢神宮の門前町である伊勢市の商業地域を対象に商業地区の再整備と土地利用の変化を分析し,参詣客の導線と門前町としての景観整備が長期的な地価変動に大きな影響を与えることを指摘している.これらの分析は,門前町の景観形成において商業者の役割が重要であるとともに,その成否が地域の活性化と密接に関連していることを示している.ただし,門前町の商業経営にかかわる主体は地主商店主,土地建物所有者,借家テナントと複雑である.そこで,本研究では建物所有者と商店経営者の関係性に着目し,門前町としての景観形成における各主体の役割を検討する.
2.出雲大社神門通りの概要
出雲大社神門通りは,出雲大社の南に位置する門前町である.1912年に設置された国鉄大社線の大社駅と出雲大社を結ぶ通りの出雲大社側約700mに参道が形成され,後に神門通りと命名された.1920年代後半には土産物店や旅館,飲食店が集積し参詣客を対象とする商店街を形成した.しかし,1970年代になると自動車を利用した参詣客の増加や門前町での宿泊者減少により旅館や土産物店の転廃業が相次いだ.さらに1990年にはJR大社駅が閉鎖されたことにより神門通りを歩く観光客は激減した.神門通りおもてなし協同組合の資料と住宅地図からの分析では,2005年時点の神門通りの空き店舗率は約4割に達していた.
このような状況が大きく転換したきっかけは,2013年の「平成の大遷宮」とこれに合わせた行政支援による街路の修景事業の進捗である.これにより大社神門通りの通行客数が回復し始めると,神門通りへの新規出店が相次ぎ,飲食・土産中心の観光地としての門前町が新たに形成された.
3.建物所有者からみた景観の再構成
神門通りの2019年時点における建物の所有形態を見ると,58%が大社町内居住者であり,町外居住者所有の建物を含めても相続以外の建物取引はほとんど見られない.ヒアリング調査によると,かつて店舗の大半は経営者の自宅兼店舗として営業されていたが,これらの店舗の多くは神門通りの衰退と後継者不足により1990年代には空き店舗となっていた.2000年代中半からは「平成の大遷宮」を契機とした,街路等の景観整備が実施されたものの,高齢化,不在家主化が進んだ建物所有者による新たな店舗経営の事例は少ない.一方で,現在の店舗の経営者で大社町内居住者は25%に過ぎず,町外の経営者によるテナントが多くを占めている.このような空き店舗にテナントとして入居する新規参入者は,門前町の景観に合わせた業種,業態を選択することで門前町としての景観形成に大きな影響を与えるに至ったと言えよう.
文献
市川裕規 2019. 伊勢市の商業地域における地価変動と土地利用. 都市地理学14: 38-56.
橋本暁子ほか 2010. 成田山新勝寺門前町における街並み整備と商業空間の変容. 地域研究年報 32: 1-41.