Laksman貸与の東西両半球図に由来する複製地図に関する一考察
An examination of some duplicated maps derived from the Laksman’s double hemisphere world map
宇都宮陽二朗(三重大名誉・著述業)
Yojiro Utsunomiya (Emeritus Professor・Writer)
キ−ワード:東西両半球図、鈴木熊蔵、ラックスマン、地球全図、阿蘭陀地球図
Keywords: Double Hemisphere World map, Suzzuki Kumazo, Laksman,’Chikyuzenzu’, ‘Orandachikyuzu’
1. はじめに
筆者は稲垣実穀の地球儀調査で、松前藩目付鈴木熊蔵の地球儀透写を記し、甫周のゴア制作に疑問を呈し、西暦二重換算訂正と再検証を加えた(投稿中)。Laksmanの公式報告(?) に地球儀に加え東西両半球図を含む地図貸与と熊蔵の透写の件を見出し、北槎聞略付図「地球全図」凡例及それに由来する定説を否定した。ここでは新しく出現した地図を含め東西両半球図を比較し、二,三の提言をしたい。
2. 本邦の東西両半球図について
最近まで本邦には3図幅の東西両半球図が存在していた。1)は北槎聞略付図「地球全図」、2)は両半球図、3)は松井家蔵の各東西両半球図である。一昨年4)「阿蘭陀地球図」が出現した。但し3),4)は現時点では所在不明である。1)は国立公文書館,2)は高樹文庫Webpage画像、3)は石川県歴博蔵ネガの焼付画像、4)は国際稀覯本フェア2018弘南堂書店出品目録(2018.3, p.2)画像の高解像度化画像で解析した。
3. 阿蘭陀地球図の概要と東西両半球図の比較
阿蘭陀地球図を含むこれらの地図のスケールは略々近似する。阿蘭陀地球圖の寸法は73.5x128cmで、松井図と同じく露文表記される地図は本邦ではこの2葉のみである。カリフォルニア湾口付近において松井図の海岸線がNNWからNNEへ急変するのに対し、阿蘭陀地球図のそれはNNW方向を示すが、これ以外は、文字の位置も含め、松井図に近似する。
表1に地球全図、両半球図、松井図及び阿蘭陀地球図の各東西両半球図の比較を示す。比較は目視に加え,PC用「透明重ね」ソフトにより実施した。松井図はモノクロ画像のみで、船越(1984)は実見した筈だが言及はない。両半球図、松井図の図形は日及び露文表記と微細な差を除きほぼ同じで、両者と阿蘭陀地球図との差はカリフォルニア湾口の形状の相違のみとなる。地球全図と両半球図、松井図ではこの湾口部の図形は同じである。本邦北方海域の蝦夷島等の形状と数は地球全図と石黒、松井図及び阿蘭陀地球図とも異なる。
4. 地図、古文書の過不足無き記録と確保
筆者は落札一年後に知り阿蘭陀地球図を実見できず、現在は松井図同様に所在不明である。白黒画像のみの松井図は重要情報が欠落するが地理分野以外では認識がない。沼尻墨僊の「手控え」の散逸等、平穏な今日における貴重史料散逸は国外流出の危機や、海外展示では過去に地図の書換えもあり、常時監視と流出防止の手立てが必須となろう。
5. 地理学分野の教育志向の転換又は拡張
古文書等の確保には博物館学芸員、図書館司書への地図/地理の基礎的素養の育成が望まれ、地理学関連の専門学部/学科はその養成講座を提供する必要があろう。
6. まとめ
1) 新たに見いだされた東西両半球図と既存の東西両半球図は、一部を除き略一致する。
2)史料調査では過不足無い記録が必須である。
3) 貴重史資料の流出/散逸防止には、これを見る眼が必須であり、図書館司書、博物館学芸員の地図・地理の素養養成は喫緊の課題であり、地理学に養成講座を設け、この分野に送り出す必要がある。これは洋の東西を問わない。
4)古書展出品目録等の常時注視と貴重地図・史料入手の手立てを講ずる必要があろう。