日本地理学会発表要旨集
2021年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: 208
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発表要旨
地理教育の国際連携と学習手法の受容の関連性:「ミステリー」を事例として
*山本 隆太
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抄録

1.課題設定

 グローバル化の進展は、教育にとってもすでに大きな変化要因となっている。OECDのPISAによって生まれたいわゆるPISA型学力観はその代表といえる。また、その理論背景であるコンピテンシーという能力論は、今般の学習指導要領の改訂において資質能力として教育の軸として位置づけられ、国際的な教育潮流は日本の教育政策に対してますます影響を強めている。教室での学習実践においても国際的な影響が一部ではあるが見られる。近年の地理教育においてはその一例として「ミステリー」という手法があげられる。

ミステリーとは、イギリスの地理教育研究者 David Leatらによって1990年代後半に考案された学習手法である。その後、オランダ、ドイツを経由し、日本には2018年頃からESDの文脈において、特に気候変動教育において受容され始めた。その後、地理教育関係者にも紹介され、目下、ミステリーの授業実践が開発されている。

一般的に、ある国で開発された学習手法が国際的に伝播していくにあたっては変容を伴うことが予想される。そこで本発表では、ミステリーの国際的な伝播の様相を紐解くとともに、ミステリーが各国(オランダ、ドイツ、日本)で受容されるにあたっての条件について検討することを通じて、地理教育における国際連携や学習手法の伝播、受容について考察する。

2.ミステリーの学習手法

ミステリーという学習手法は、3人程度の小グループで取り組む、対話を伴う集団学習の手法である。各グループには20枚から30枚程度のカードが渡される。最初に、カードの中から選ばれた3つ程度のストーリーを教員が読み上げる。これらのストーリーは断片的でありかつ互いに内容が噛み合わないように聞こえるため、生徒の頭には疑問や謎(ミステリー)が生じる。次に、このミステリーを解くため、カードに書かれた事象を並び替えてつながりを探し出し、論理的につなぐことでミステリーが解決されるという学習展開が基本とされている。推理小説の探偵のような学習活動を通じて生徒の課題分析、仮説検証、推測といった思考スキルを養うとともに、最も重要なことは、生徒が自らの学習への取り組み方を省察する機会を設け、メタ認知のスキルを向上させることである(Leat and Nichols, 1999)。なお、ミステリー以外の学習手法も含めたLeatらによる地理教育プロジェクトは、Thinking Through Geography (TTG)と呼ばれる。

3.国際的な伝播

a) オランダ

1990年代後半にイギリスで生まれたミステリーは、TTGプロジェクトとして2003年頃からオランダに受容された。オランダでは当時、地理的思考力を高める地理教育手法に関心を持っていたJoop Van der ScheeとLeon Vankanが主導し、教員養成や教員研修に積極的に導入を図った。

b) ドイツ

 ドイツでは、ミステリーの生徒主体という性質に注目して2005年頃から導入が始まった。その後、2007年に教師向け参考書が発行され、2011年頃からミステリーの授業開発が本格化し、2014年には気候変動教育の教材としてミステリー教材が開発される。

c) 日本

立教大学ESD研究所の当時研究員であった高橋敬子は、2018年頃、上記気候変動教育の教材を開発したThomas Hoffmannとの共同研究によって、日本の気候変動を題材としたミステリー教材を開発した。その後、2020年に地理教員に紹介され、教材開発が始まった。

4.まとめと考察

本発表では、イギリス、オランダ、ドイツ、日本を通じて国際的に伝播したミステリーの経路を確認するとともに、主にドイツ、日本での受容の条件について分析を行った。結果として、各国における地理教育的文脈によって学習手法の意味づけが変化していった様子が伺える。

一方で、イギリスやオランダの地理教育的文脈の把握が十分ではない点や、文化伝播としての分析手法の導入が研究上の課題である。

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