日本地理学会発表要旨集
2021年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: P014
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発表要旨
非可住域における震災伝承活動
仙台市若林区荒浜地区を事例に
*松岡 農
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抄録

1.研究背景と研究目的

 2011年の東北地方太平洋沖地震に伴う津波(東日本大震災)により甚大な被害を受けた岩手県、宮城県、福島県は、復旧復興を進める公共事業のなかで、1万6000haを災害危険区域に指定した。災害危険区域に指定された地域は、建築基準法の規定により住宅等の建築が認められない「非可住域」となるため、沿岸部での集落の現地再建を断念する事例が発生した。こうした動きと並行して、国は東日本大震災の津波被害を伝承する目的で,広報に取り組む「震災伝承施設」の登録を進め,2020年10月現在の登録件数は240件に達した。

 非可住域は住民が居住できない地域であるため、震災伝承活動に取り組む担い手の確保や育成が困難である。こうした非可住域における震災伝承の担い手となり得るのは、主に行政が設ける震災伝承施設である。しかし,実際に震災伝承施設の展示内容や地域住民との関わりに目を向けると,地域の生活や文化に関する展示の乏しさや,地域住民とのつながりの希薄さが散見される。本研究では、はじめに宮城県内の20の震災伝承施設で展示構成や住民による伝承活動との連携状況を分析する。さらに、仙台市若林区荒浜地区を事例に、非可住域における震災伝承活動の構造を捉え、震災伝承活動を担う震災伝承施設と、住民による震災伝承活動の連携のあり方を検討する。

2.震災伝承施設の機能構成

 震災伝承施設の登録要件は、災害の教訓が理解できるものや、災害の恐怖や自然の畏怖を理解できるものなど5項目が存在し、いずれかの項目に該当するものが震災伝承施設として認められる。しかし、調査の結果、震災伝承施設には,登録要件に指定される機能だけでなく、震災以前の地域の暮らしや文化などを伝承する「地域伝承」の機能や、地域で語り部活動などの震災伝承活動に取り組む「体験対話」の機能が存在することが明らかになった。

 こうした地域伝承の機能を有する施設は、全体(20施設)の半数に満たない9施設に限られていた。ただし、非可住域に立地する10施設に限れば、7施設がこの機能を有していた。このことから、非可住域に立地する震災伝承施設は可住域に立地する施設に比べ、地域伝承の機能が一定程度充実していることが確認できた。一方、体験対話の機能を有する施設は、全体(20施設)のうち8施設に限られていた。また、非可住域に立地する10施設では、半数にあたる5施設がこの機能を有していた。したがって、非可住域に立地する震災伝承施設は可住域に立地する施設に比べ、わずかではあるが体験対話の機能の充実が図られていることが明らかになった。

3.仙台市若林区荒浜地区における震災伝承活動

 上記の調査の結果、非可住域に立地する震災伝承施設には可住域に立地する施設に比べ、地域伝承や体験対話の機能の充実が図られていることが明らかになった。実際に非可住域である仙台市若林区荒浜地区における、震災伝承活動を調査した結果、行政が設けた震災伝承施設である「震災遺構仙台市立荒浜小学校」では、地域伝承の機能の充実が認められた。しかし、荒浜地区内で伝承活動などに取り組む住民団体「海辺の図書館」は,荒浜小学校を活動に使用しておらず,荒浜地区の震災伝承施設である荒浜小学校に住民活動の拠点機能は存在しなかった。また,施設を管理する仙台市は,住民団体「HOPE FOR project」が毎年3月11日に実施する企画に対し,「後援」や「共催」の立場は取らず,あくまで荒浜小学校の場所貸しに「協力」するのみであった。

 以上のことから,荒浜地区の震災伝承施設である荒浜小学校では、地域伝承の機能の充実が図られた一方で,震災伝承施設と住民団体との連携体制は構築されておらず、体験対話の機能が存在しなかった。このことは、荒浜地区における体験的な伝承活動は,基盤の弱い住民活動に依拠しており,地域の景観の変化や住民の高齢化の進展に伴い,将来的に行き詰まる可能性を示唆した。

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