日本地理学会発表要旨集
2021年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: 211
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発表要旨
宇治茶の主産地・和束町におけるグリーンツーリズムの展開とコロナ禍のレジリエンス
*河本 大地吉田 寛邱 巡洋焦 自然楊 菁儀飛岡 拓真浅井 心哉胡 安征
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抄録

Ⅰ.目的と背景

 本研究の目的は,宇治茶の主産地である京都府和束町におけるグリーンツーリズムの展開過程とCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)の世界的流行による影響を明らかにすることである。また,それらの結果をふまえて農村地域における観光や地域づくりの将来像を検討する。

 日本のグリーンツーリズムに対するコロナ禍の影響としては,観光者数減による飲食・宿泊・体験施設の経営困難化や,人と人の接触抑制に伴う住民と来訪者の交流の困難化,都市部や海外からの来訪への住民の抵抗感増大などが考えられる。これらは,グリーンツーリズムの名のもとに展開してきた「都市農村交流」の拠点となる農林漁家民宿や農産物直売所,地場産食材を用いる飲食施設,体験交流施設,農林漁業体験プログラム等の持続に深刻な負の影響をもたらす可能性がある。それは,農村地域における地域資源を活かした社会経済活動そのものの持続を危うくすることにもつながる。

 研究対象とする京都府相楽郡和束町は,滋賀県と接し奈良県や三重県にも近い中山間の町である。世界的ブランドとなっている宇治茶の主産地であり,京都府の茶生産量の過半を占めている。農地の約7割を占める茶畑が織りなす景観は,2008年に京都府景観資産登録の第1号となるなど高く評価されている。しかし,人口減少が続き,2020年の国勢調査では3,483人となった。観光地としての蓄積はあまりないが,近年は高柳(2020)で扱われている六次産業化などとあいまったグリーンツーリズムの展開が顕著である。

Ⅱ.方法

 2018年および2020・21年に和束町を計20回程度訪問し,文献調査や聞き取り調査を実施した。第一に,行政の広報誌および「議会だより」を用いて,和束町におけるグリーンツーリズムの展開の経緯を整理した。第二に,一般財団法人「和束町活性化センター」や,宿泊施設(旅館1,農家民宿6),「和束茶グルメ」を提供している6店舗,体験交流施設等を訪ね,経営者や従業員に聞き取りを行った。

 また,来訪者による評価を確認するべく,グーグルマップ,楽天トラベル,トリップアドバイザー等に投稿されたレビューについて,「KH-Coder」を用いてテキストマイニング分析を行った。

Ⅲ.結果と考察

 和束町におけるグリーンツーリズムの展開は3期に分けられる。まず,第1期(2009年まで)には,茶業の六次産業化への取組みが本格化し特産品開発が進んだ。また,農家民泊の仕組化も始まった。第2期(2010年〜2016年)は,教育観光を中心とした農村生活体験の受け入れが進展した。また,和束町に対する外部評価が向上した。さらに,インバウンド需要が高まった。第3期(2016年以降)には国内外からの観光客の受け入れが加速し,観光関連施設の整備が急速に進んだ。特に,農家民宿や飲食店の増加は顕著であった。COVID-19の世界的流行により観光業は停滞しているが,各主体は状況に柔軟に対応し,工夫を凝らしている。

 以上の結果,和束町は観光目的地にもなりうる茶産地としての魅力と知名度を向上させ,新たなファンを獲得している。移住者を含む住民による飲食・宿泊施設の増加も顕著である。これには,既存の地域的特色や,大都市圏に比較的近い地理的条件が生かされている。また,梅原(2020)が「民を起点とするローカル・ガバナンス」と表現しているような,地域の多様な主体による未来志向の地道な関係性構築が,功を奏したと考えられる。

 コロナ禍の影響は予断を許さないが,和束町のグリーンツーリズムはこだわりを持った小規模な多角経営の事業者の関与が多く,今のところ閉業等はない。地域資源を活かしたツーリズムの展開が地道に図られてきたことが功を奏し,ここならではの楽しみ方ができる「マイクロツーリズム」の目的地となっている。外国人を含む遠方からの来訪は激減したものの,これまでに獲得したファンの一部はネット販売等の顧客になっている。これらには,コロナ禍におけるレジリエンスを確認できる。しかし,グリーンツーリズムにおいて重視される農業体験や人と人との交流の機会は制限されたままであり,それらを通じた国内外への茶産地としての価値発信の再開を心待ちにする関係者は多い。

 

文献

 梅原 豊 2020. 民を起点とした,中心のないローカル・ガバナンスの生成と形成,発展について—京都府和束町のまちづくりの変遷を通じて—.同志社政策科学研究 22: 137-151.

 高柳長直 2020. 六次産業化による農村地域の内発的発展.犬井 正編『日本の農山村を識る—市川健夫と現代の地理学—』175-192. 古今書院.

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