主催: 公益社団法人 日本地理学会
会議名: 2021年度日本地理学会春季学術大会
開催日: 2021/03/26 - 2021/03/28
人口が集中する大都市部では、多額の税金が収められる。その結果、大都市部に暮らす住民の暮らしが充実することには繋がるが、地方との格差は広がるばかりである。こうした状況への対策の1つとして生まれたのが「ふるさと納税制度」である。この制度は、税収格差是正のために考えられたものであり、2008年から導入された。住所地以外の任意の地方に寄付をすると、個人住民税所得割の20%を限度として寄付額から2,000円を税額控除される仕組みである。2011年3月に発生した東日本大震災を契機に注目を集めてふるさと納税の受入額と受入件数は大幅に増加し、2019年度では、約4,875億円、約2,334万件に達しており、存在感は大きくなっている。ふるさと納税研究会編(2007)によれば、ふるさとなど応援する地域に貢献できること、地方自治体が出身者や関心を持ってくれそうな人々にアピールすることが、この制度の税収以外の意義として挙げられており、地域活性化に繋がる策として有効な可能性がある。
多くのふるさと納税が集まる地方自治体がある一方で、あまり脚光を浴びていない地方自治体では、納税額を増やすことで手いっぱいとなり、税収以外の意義の追求にまで至っていない可能性がある。そこで本研究では、こうした地方自治体においてふるさと納税がどのような意義を持つのかについて、高知県香南市を事例に、事業者の意識から明らかにした。市役所のふるさと納税担当者や事業者に聞き取り調査を実施した。比較事例として2014年度に寄付額が第1位となった長崎県平戸市(人口30,265人、2021年1月1日現在)を取り上げた。両市とも2008年度からこの制度を導入している。
平戸市の返礼品数は約250個で、地方創生を掲げた活用事業もあり住民の起業を推進していた。担当者は、経済の循環に加えて、地元が誇れるようになることやUターンが起こることを期待し、ふるさと納税を地域活性化のきっかけに位置付けていた。
香南市は、面積126.46㎢、人口33,193人、高齢化率32.0%(2019年12月末)で、2006年に5町村が合併し成立した。担当者によれば、柑橘類が約3割を占める現在の返礼品数は約220個で、増加予定である。観光協会と協力してふるさと納税に取り組み、2018年度の寄付件数は21,290件、寄付金額は約2.9億円と高知県内では第6位である。同市の場合、地方創生を掲げた活用事業は無い。
ふるさと納税返礼品事業者で40年続くスイカ農園を営むA夫婦の場合、ハウスで小玉スイカを空中立体栽培し、年に3回作付けする。返礼品のほか、通信販売や直接販売も行っている。妻が「広報担当」として、SNSやホームページで発信するほか、メディアやイベントにも積極的に出演し楽しんでアピールしている。2020年10月にZOOMで開催されたふるさとチョイスのイベントでは、強烈なインパクトを与えていた。ふるさと納税を1つの売り場として捉え、売り上げの増加に繋がり結果的に市のためにもなっていることを評価していた。
JA高知県B果樹集出荷場果樹女性部は、特産の温州みかんのうち廃棄されるものを原料とするみかんバターを中心に取り扱う事業者である。みかんは2008年から返礼品となっていたが、廃棄みかんを減らす取り組みとして、果樹女性部によってこの商品が2017年に開発・販売され、返礼品にもなった。廃棄みかんが削減され所得の増加にも繋がったほか、全国ネットのテレビ情報番組で紹介され、市内の小学校でも出前授業をするなどしていて、果樹女性部全員が楽しさややりがいを感じていた。
旧宿場町赤岡町で2003年から雑貨店を営む女性C氏は、絵師金蔵の作品による地域振興イベントの実行委員長でもある。雑貨店は、オリジナル商品や伝統を有する古物を再加工した商品を販売するほか、体験工房もあり、外国人を含む幅広い年代の客が来店する。通信販売はしていないが、C氏はホームページやInstagramで商品や行事、客との記念写真などを積極的に楽しんで発信していた。ふるさと納税事業者となってから店が「摩訶不思議」な観光スポットとして認知され、「活気が無かった町に人がくる」ようになり、大きな意義を感じていた。
香南市の3つの事業者は、女性が中心となってふるさと納税をそれぞれ1つの売り場として活用していた。そこでは、こだわりを持ってさまざまな方法で積極的に商品を自らアピールをして反応を得て嬉しさを感じ、自らのできる範囲で楽しみながら取り組んでいた。あまり脚光を浴びていない地方自治体では、こうした事業者をさらに積極的に応援していくことで、他の事業者の変化を引き起こし、住民の意識をも変えていくことが期待される。