日本地理学会発表要旨集
2021年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: P043
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発表要旨
地域の課題を発見できる“ミステリー”教材の開発と実践
*山内 洋美
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抄録

1.はじめに

新課程必修「地理総合」においては,中学校までの学習内容を生かして,地理的見方・考え方を働かせて,「生活圏」の全体像を把握し,その将来像まで見通せる力を養うことが求められる。

しかし,高校現場の現状として,①学校周辺地域が「生活圏」でない生徒も多い ②公立学校の教員は,勤務校のある地域に土地勘がなく,勤務年数も短いことが多い ③教員の多くが地理を高校以降学んでいないため,地域調査を指導するための経験がほぼない といった課題がみられる。この現状を無視して「地理総合」の理念を実現しようとしても、2単位という限られた授業時数のなかで生徒主体の授業を実現することは困難であり、結果として教科書を教え込む授業から脱却できない可能性が高いと考えられる。

そこで,その2単位という限られた時数の中で,地域を包括的に捉え,内包される課題を発見できる教材として,また教員が地理的見方・考え方を身につけるための教材開発の手法として,イギリス発祥の“ミステリー”と呼ばれる手法を用いることを提案する。

2.地域の課題を発見できるミステリー教材

“ミステリー”とは,地域の課題についての複数の,一見内容のかみ合わないストーリーをばらばらにカード化したものを再構築しながら,その中で多面的に問われている地域や世界の課題をとらえ,どうするべきか,何が必要かを考えさせることができる教材である。1990年代後半にイギリスで生まれ,オランダを経由してドイツで発展を遂げた。取り上げる地域のスケールや,課題の持つ性質によって,さまざまな形態の“ミステリー”が存在する。例えば,非常に個人的な物語を通じて資料に示されたごく狭い地域の課題について考えたり,地球規模の課題とそれに影響される複数の地域およびそこに暮らす個人の課題を関係づけたりといったものである。共通するのは,共感することがより易しい「名前をもった個人の物語」を組み入れることである。この個人の物語は,架空であってもかまわないが,地理教育で用いる場合には,地域調査で明らかになった事実を反映させることが求められる。

ここでは,勤務校周辺地域の“ミステリー”を,地域調査を行って一からつくることで,「地理総合」の大単元C 持続可能な地域づくりと私たち の授業づくりを試みる。“ミステリー”作成の手順は次の通りである。①地域を構成する要素を書き出す ②要素を経済/社会/環境に分類し,地域の地理的特徴を把握する ③地域の持続可能性に関わる課題を1つ選ぶ ④要素を用いてミステリーストーリーと情報カードを作る ⑤ミステリーを解き地域の特徴と課題を把握するための問いを設定する である。教員がこの手順に沿って,学校周辺地域を対象としたミステリーを作成することによって,地域調査の手順や,地域に対する地理的見方・考え方を身につけられると考える。

3.“西陵ミステリー” の作成と実践にあたって

発表者は現勤務校に昨年4月に着任したばかりで,1学年必修地理A全クラスの担当となった。しかもコロナ禍によって6月入学となり,授業時数も減少している。そのような状況下で,必修となる「地理総合」を想定しながら,学校周辺地域の“西陵ミステリー”作成と実践を試みているところである。

現勤務校は,かつて宮城県農業短期大学の農場であった丘陵地に,高度成長期後の新興住宅地開発と地域の急激な人口増に伴って建設されたうちの一つで,国道沿いには郊外型店舗が多くみられ,副都心長町も近い。周辺の西多賀・八木山地域は,原生林が残され広瀬川・名取川・笊川の源流域でもある青葉山や太白山とつながり,縄文時代以降の遺跡と江戸時代の宿場町,戦中戦後の亜炭鉱山や野球場などの娯楽施設,軍幼年学校・旧制高校・大学施設などの教育施設や引揚者開拓集落があった。災害の視点からみると,亜炭鉱山の旧い坑道が八木山地下に多く残り,宮城県沖地震や東日本大震災で繰り返し地滑り被害を受けた地域があり,低地では笊川等の氾濫が繰り返され,河道固定や直線化もみられる。

このミステリー教材を通して,学校周辺地域にゆかりのない生徒も,この複雑な地域の状況を複雑なままとらえて空間的に構築し,地域像を形成できるようになり,持続可能な地域社会について具体的に考える力をつけられるのではないかと考えている。

開発した“西陵ミステリー”の内容および実践の成果と新たにみえた課題については,当日述べることとする。

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