日本地理学会発表要旨集
2021年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: P025
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発表要旨
飽和した円磨度は何を意味するのか
砂礫の生産作用に注目して
*宇津川 喬子
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抄録

1. はじめに

 砕屑物のかたちのひとつである円磨度は,砕屑物の運搬−堆積環境や生産−運搬過程などを示す指標として,長年様々な研究で用いられてきた.円磨度を含めた砕屑物のかたちに関する研究が発展し,その基礎が確立したのは20世紀前半である(宇津川・白井2016).当時提案されたかたちの概念や定義は今日でも一般的であり,円磨度についてはWadell(1932)の定義(範囲:0〜1)が最もよく知られている.

 砕屑物のかたちは,運搬中に粒子同士が衝突することで破砕や摩耗の作用を受けて変化する.回転ドラムを用いた実験によって,礫は理論的に運搬距離が長いほど摩耗によって円磨度が高くなり,丸みを帯びた(円磨度の高い)礫ほど摩耗が鈍くなる傾向が認められている.中でも,Krumbein(1941)の実験では,最終的に礫の円磨度は最高値(1.0:真円)をとらずに0.8(円状)程度で打ち止めとなる結果が得られている.この「円磨度の飽和」は,20世紀半ば〜後期にも実河川の砕屑物の分析に基づいていくつか報告がなされるも,未だ議論が不十分であるといえる.砕屑物研究では,個々の粒子の円磨度ではなく,粒子集団の円磨度(平均円磨度)を用いることが多いことから,「砕屑物のかたちは最終的に真円になる(円磨度は1.0をとる)とは限らない」という「円磨度の飽和」という概念の再検討は重要であると考える.

 本発表では「円磨度の飽和」の研究史をレビューし,発表者が野外で得た砕屑物の円磨度のデータから,砕屑物の生産−運搬過程において「円磨度の飽和」が何を意味するのかを検討する.

2. これまでの「円磨度の飽和」

 砕屑物の円磨度(平均円磨度)はある値からは上昇しなくなる,すなわち飽和するという考え方は,特に20世紀半ば〜後期にかけて議論された.現行河川の礫,段丘構成礫,河川下流域〜河口の砂粒子などが分析されてきたが,共通して分析の対象とした粒度階は1〜2φ程度であった.Sneed and Folk(1958)はコロラド川において岩種別に礫(径32〜64 mm)の円磨度の変化を下流方向に調べた.石英礫の円磨度が,母岩の分布域から約400 kmを運搬されて上流から下流へ0.54から0.63にまで増加したのに対し,チャート礫の円磨度は同距離を運搬されても0.51から0.55程度とあまり変わらなかったことを示した.こうした先行研究では,岩種ごとに摩耗作用のはたらく程度が異なることを踏まえた上で,平均円磨度を用いて「丸みを帯びた粒子ほど摩耗作用のはたらきが鈍くなる状態」を「飽和状態」と捉えてきた.

3. 「円磨度の飽和」が示す砕屑物の生産作用

 改めて,粒子集団の円磨度(平均円磨度)の運搬方向への変化を考える場合,すべての粒度階の粒子集団には「より遠方から運搬されてきた粒子」と「運搬中の粗粒な粒子から破砕と摩耗によって新たに生産された粒子」が混在している.

 宇津川・白井(2019)は,足尾山地を流れる河川上流域において,砂礫粒子(径0.5〜128 mm)の円磨度を1φごとに2種類の岩種(チャート,頁岩)について調べた.その結果,チャート粒子は,細粒度階ほど円磨度は低くなる,すなわち相対的に粗粒な砕屑物ほど丸みを帯びやすい傾向が示された.頁岩粒子も,上流側地点ではチャート粒子と同様に細粒度階ほど円磨度は低くなったが,下流側地点の頁岩礫(径4〜128 mm)の平均円磨度はほぼ0.6(亜円状)に収束した.平均円磨度が複数の粒度階でほぼ変化しないという傾向は,粒子の摩耗が進む一方で破砕によって新たに生産された角張った粒子が加わって釣り合っている状態を示唆すると考えられる.つまり「円磨度の飽和」には,従来の「丸みを帯びた粒子ほど摩耗作用のはたらきが鈍くなる状態」だけではなく,「角張った粒子の生産と丸みを帯びた粒子の生産との均衡がとれた状態」もありうると考えられ,加えて,岩種(硬さ)によって円磨度の飽和のしやすさが異なる可能性が示唆される.

文献:Krumbein, W.C. 1941. The Journal of Geology 49: 482-520. Sneed, E.D. and Folk, R.L. 1958. The Journal of Geology 66: 114-150. 宇津川・白井2016. 地理学評論 89: 329-346. 宇津川・白井2019. 堆積学研究 78: 15-31. Wadell, H. 1932. The Journal of Geology 40: 443-451.

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