日本地理学会発表要旨集
2021年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 276
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発表要旨
東京大都市圏郊外における保育士の職業キャリアとライフコース
*畔蒜 和希
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抄録

東京大都市圏では依然として待機児童の解消が叫ばれており,保育所の増設とともに保育士の人材確保が喫緊の課題として認識されている.近年はこのような現状を背景に,養成校との関係に基づいた保育労働力の需給構造を明らかにした研究が蓄積されつつある(甲斐2020).他方で保育士の労働市場に関する議論は新卒保育士の就職部分に焦点化されており,就職後の職業キャリアや中途採用の状況については触れられていない.これを踏まえて本報告では,保育所で実際に働く保育士のライフコースを描き出し,職業キャリアの特性を検討する.

 本報告では東京大都市圏郊外における対象事例として,東京都調布市の社会福祉法人運営の認可保育所を取り上げる.常勤保育士18人のうち12人に対してインタビューを実施し,養成校を卒業してからの職歴の詳細や,結婚・出産等のライフイベントとの関係を明らかにした.

 対象者のうち10人は養成校を卒業することで保育士資格を取得しており,初職先の選択については先行研究で得られた傾向と類似していた.既卒で資格を取得した2人については,資格取得前より保育補助として勤務しており,現場での経験を蓄積する積極的な意思を持っていた.

 次に調査対象者の職歴をみると,同一の保育所または法人内で勤続している者は1人しかおらず,多くの保育士は転職を頻繁に繰り返したり,一度保育士を辞めたのちに再度復帰したりと,自らのキャリアを流動的に形成する傾向にあった.主な転職理由に着目すると,職場内での人間関係,保育所側の運営方針への不満などが挙げられていたほか,特に営利法人の保育所については企業的な経営体制が内包する労働環境等の問題が多く指摘されていた.

 また,一時離職を経験した保育士については結婚や出産が離職の契機となる場合が多く,女性職としての保育士の特性を反映している.しかし意思決定の内実は多様であり,出産を契機とする退職は慣習であったと述べる者もいれば,第一子出産後に子育てとの両立が困難になったため,勤続を断念した者も見受けられた.これに対して勤続していた保育士は,親族による育児サポートや勤務シフトの柔軟性を理由に勤続が可能であったことを述べている.

 個々の職歴をみる限り,保育士の職業キャリアは流動的に形成される傾向にある.しかし対象者の勤務地歴をみると,過去の就業地の空間スケールは狭域に収束している.さらに調査対象である保育所への就職経緯をみると,多くは知人による紹介や同僚の転職経験など,人づてによる情報から現在の職場を認知している.人材紹介サービスを用いて転職活動を行っていた対象者についても,通勤時間を重視しつつ自宅の近隣で転職先を探していた.以上を踏まえると,施設単位でみた場合の保育労働力は,新卒者に限らずローカルに供給される傾向が示唆される.

 なお,本調査は単一の保育所を事例に,保育士の職業キャリアや労働力供給の一端を明らかにしたに過ぎない.したがって,異なる地域間・運営主体間の差異に着目することで,本報告の調査結果を相対化することが求められる.

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