1:はじめに:教育職員免許法の改定(2016年)による「教科に関する科目」と「教職に関する科目」の統合による「教科及び教科の指導法に関する科目」化や教職課程コアカリキュラム化,教育系大学院(修士課程)の高度な実践的教育指導力を持つ高度専門職業人養成を目指す教職大学院(専門職学位課程)への急速な転換(2008年以降),高校地理科目の再編・「地理総合」必履修化(2022年)などが短期間におこり,日本の学校現場では,地理・社会科(地理歴史科)を教える教師の実践的力量の内実とその養成が大きく問われている。2018年に発足した地理教育国際共同研究グループ(発起人代表:志村喬)では,地理教育の今日的課題を国際的文脈から考究してきた。焦点の一つは地理を教える教師の力量形成・教員養成に関する課題であり,本課題についての国際共同開発研究プロジエクトヘ科研究費補助金等を活用して参画し,成果は『社会科教育へのケイパビリティ・アプローチ—知識・カリキュラム・教員養成—』(風間書房)として出版した(2021年3月)。本シンポジウムは,この研究グループ活動成果をもとに,グローバルな視座から日本の教員養成について討議し,今後の展望を得ることを目的にしている。
2.地理・社会科教員の養成・研修国際共同開発研究プロジェクト「ジオ・ケイパビリティズ」:教育哲学者G.ビースタの教育の「学習化(learnification)」批判や,教育社会学者M.ヤングの学校教育で教授すべきは学問的に裏付けられた「力強い知識(powerful knowledge)」であるとの主張,に象徴されるように,過度に構成主義的で指導方法論に偏った学校授業実態及び教員養成への批判は,地理教育界でもみられる(ビダフ・志村 2019).改善の鍵は,授業実践を担う教員の教科教育専門職としての力量であり,そのような力量を備えた教員養成・研修を目指す国際共同開発研究プロジェクト「ジオ・ケイパビリティズ」が2012年より進行した。本プロジェクトの理論的枠組みは,ケイパビリティ論を教育目的論としたもの(第1図)であり,プロジェクトの背景・概要等は,志村(2018)で解説した。同プロジェクトには2016年度以降,日本も組織的に参画し,教員養成教材・研修材開発成果に代表される日本型研究成果は,国際地理学連合地理教育委員会機関誌における同プロジェクト特集号にKim et al.(2020)として掲載されるにいたった。
3.シンポジウムの構成:本シンポジウムは,報告・討議をグローバルな文脈に定位するべく,プロジェクト遂行の中核地域であるイングランドの地理教育研究者Nicola Walshe(Anglia Ruskin Univ.)を基調講演者として迎える。氏は,地理学専攻後に中等教育学校勤務を経て,教員養成に現在携わるとともに,イギリスの地理教育理論研究会GEReCoの共同代表を務めている。氏を含めた諸報告により,現在の日本の教育状況での地理・社会科教員養成についての活発な議論を目指す。
本研究成果の一部はJSPS科研費17H02695による。
文献:志村 喬 2018.学校教育で「持続可能な社会づくり」を実現する教員養成のあり方−地理教員養成・研修をめぐる国際動向−.科学, 88(2):166-170./ビダフ メリー・志村 喬 2019.イギリスにおける教員養成改革の教科教員養成への影響−地理教員養成の事例−. E-journal GEO, 14(2):404-412./Kim,H., Yamamoto,R.,Ito,N. and Shimura,T. 2020. Development of the GeoCapabilities project in Japan: furthering international debate on the GeoCapabilities approach. International Research in Geographical and Environmental Education, 29(3):244-259.