日本地理学会発表要旨集
2022年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: 512
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発表要旨
日常生活とトラブル時における移住事業者と地域住民の関係
―静岡県南伊豆町の事例―
*谷 優太郎柳澤 雅之
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抄録

Ⅰ.はじめに

 過疎化する日本の農山漁村の地域活性化を目的とした政策の中で,2014年の「増田レポート」を受けて内閣府に設置された「まち・ひと・しごと創生本部」による政策導入は,2020年から第二期に入った。その過程で,移住者の中でも特に移住事業者を対象とする政策的支援が2019年,開始された。移住事業者は移住先で事業をおこなうため,関連する地域住民との関わりは不可避であり,両者の直接的な関係性が地域活性化のための社会的・学術的な焦点となった。しかし,移住事業者を受け入れる地域社会には多数の住民が存在する。そうした人たちが,移住事業者とそれに直接関連する地域住民の双方と関係性を築いているし,地域社会の運営にも関わっている。そこで本研究では,移住事業者と直接関連する地域住民の関係だけでなく,地域社会全体における日常的な関わりに着目し,包括的な視点から移住事業者と地域住民の関係性を考えることを目的とする。

Ⅱ.調査方法

 調査対象地は,2018年以降移住事業者が相次いで流入した,静岡県南伊豆町の沿岸部に位置するA集落である。現地調査は2011年4~10月に実施し,移住事業者と地域住民から聞き取り調査を行った。またA集落の辿った歴史的背景を理解するために,南伊豆町立図書館及び南伊豆町の歴史を研究する「南史会」の事務所において文献調査も実施した。

Ⅲ.調査地域概要

 A集落は,1960年代以降,南伊豆地方の観光地化に伴い民宿業が盛んとなった。しかし1980年代以降,客離れと集落の高齢化とにより,民宿数は激減した。A集落は1970年に過疎地域指定された南伊豆町内でも最も過疎化が進行した集落の一つであり,2021年の世帯数は74,人口123人,65歳以上の高齢者の割合は65%であった。若者は都市に居住し,90歳を超える高齢者は集落外の施設に入っているため,実際に集落内に居住するのは107人であった。

Ⅳ.結果および考察  

 A集落に居住する移住者は9世帯14人(集落全人口に対する割合は13%,以下同様)であり,うち5世帯6人(6%)が移住事業者,4世帯8人(7%)がリタイア後の移住者であった。調査期間中,移住事業者が集落内で事業を営む地域住民と観光客を斡旋し合う経済的繋がりを構築し,また集落で定期的に開催される清掃活動に積極的に参加し,高齢化の進んだ集落の労働力として貢献するなど,集落にポジティブな影響を及ぼしている事例が見られた。その一方,移住事業者と地域住民との間では,コロナ禍における観光客の受入や騒音を巡り何度かトラブルが発生した。その際,地域住民93人(87%)のうち,移住事業者に直接抗議をするなど,声高に抗議活動を展開するのは3人(3%)であった。残り90人のうち,35人(33%)は集落外で就労している。そのため,日常的に移住事業者と接する地域住民は55人(51%)となり,そのほぼすべてが65歳以上であった。すなわち,既存研究が対象とするような,移住事業者と地域住民との間の目立ったトラブルや事業成功の事例で注目されているのは,A集落の場合,移住事業者の6人(6%)と直接抗議者3人(3%)であるが,実際には,日常の大半を集落で過ごす55人(51%)の地域住民が,双方の間で,トラブルを回避したり事業を成功させたりする調整役になっていることがわかった。調整の方法は,日常生活時とトラブル発生時とで異なった。日常生活では,集落内の清掃活動参加や路地での立ち話などで社会的経済的繋がりを保持しながら,地域住民は移住事業者から情報を収集し,ポジティブ・ネガティブ両面での助言を行っていた。トラブル発生時には,意図的に無視するなど日常的な社会的経済的繋がりを断つことを通じて移住事業者に圧力をかけることもあれば,過大な表現をする少数の直接抗議者を抑制することもあった。A集落の半数を占める地域住民の調整の方法は,移住事業者との日常的な繋がりを基盤とするものであった。調整の判断基準は,基本的には移住事業者の活動をサポートしようとするものの,直接間接に情報を収集し,高齢世帯が中心の集落の生活の安定を確保しようとするものだと考えられた。そしてそのために,移住事業者と地域住民の間のコンセンサス共有のための日常的駆け引きが重要であった。

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