日本地理学会発表要旨集
2022年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 317
会議情報

移動生活の途上における場所感覚の研究に向けて
「アドレスホッパー」はどこに住んでいるのか?
*住吉 康大
著者情報
会議録・要旨集 フリー

詳細
抄録

Ⅰ はじめに

日本では2019年ごろから,住まいを所有・賃借することなく,生業を伴って恒常的に移動しながら生活する人々が注目を集め,「アドレスホッパー」などと称されている.報告者は,住吉(2020)においてこのような人々の暮らしの変化を「脱定住化」と称し,「ライフスタイル移住」や「ノマド」などの既存の概念と比較しながら,当該事象の特徴について述べたうえで,実施する人々が共通して有する自己形成に対しての強い意識について発表した. その後,COVID-19の流行に影響を受けてリモートワークが急速に普及し,社員の居住地や出社頻度を規定しない企業が増加するなど,移動生活を可能にする環境の整備が進んでいる.一方,地域の側では,「関係人口」や「地方創生テレワーク」などのように,移動生活者に新たな役割を期待する動きも根強い.しかし,次々に移動していく彼ら/彼女らが実際にどのような行動をとり,それぞれの移動先である地域との間にどのような関係を有しているのかは不明瞭で,現象の位置づけが困難である. そこで,本発表では,これまで行ってきたインタビュー調査や,ブログの分析などの成果を基に,彼ら/彼女らの語りから移動生活に対する考え方や感情について明らかにする.さらに,上記の課題にアプローチするために,移動生活の途上における「場所感覚(Sense of Place)」を中心的な論点として,観光地理学や文化地理学の成果と接続して移動生活を論じる試みについて述べる.

Ⅱ 移動生活者の語りからみる特徴

移動生活者の住まいを支えるサービスの一つである「定額制住み放題サービス」の利用者に対するインタビュー調査や,「アドレスホッパー」という語を含むブログの記事についての分析から,多くの移動生活者に共通している特徴として以下の3点が明らかになった. 第一に,移動生活者の多数は,「自分探し」や「自分磨き」のように,自己形成に主眼を置く志向を有している.これらは後期近代的な観光やバックパッキングの研究でも指摘された傾向であるが,移動生活者は「観光ではなく暮らしである」として差別化を図っている.その意思は滞在地に対する意識や行動,ひいては場所感覚に影響していると考えられる. 第二に,このような志向を有する移動生活者は,自己形成のために「他所」を希求する一方で,各地での日常性を強調するという,表面的には矛盾と考えられる語りを示し,安心や落ち着きと,新たな刺激との間で葛藤している.これらのバランスの変化が,移動の頻度や移動先の変化に結びつき,そのプロセスは,社会経済的条件の変化などの外部要因と,自己形成の進展などの内部要因との複雑な相互作用の上に成り立っている. 第三に,移動生活者の語りからは,特に若年層が有する「現状のままではいられない」という感覚に対して,場所や移動が重要な影響力を及ぼしていることが示される.情報やモノの移動性が高まり,人間が自ら移動する必要性が低下した現代でも,依然として身体的な移動を介して他なる地理的な領域や空間との関係を変化させることによってしか達成しえない目標が存在していると考えられる.

Ⅲ 移動生活の途上における「場所感覚」の研究へ

報告者はIIの成果を基に,移動生活を理解し,移動生活者と地域の関係を検討するためには,移動生活の途上で醸成される場所感覚が重要になると考えた. 場所感覚とは,個人や集団が,自らの生きている地理的な領域に対して有する態度や感情を指し,自己と場所との,親密で,個人的かつ感情的な関係性を示唆するとされてきた.一方で,グローバル化の進展等により,場所を「社会的諸関係,社会プロセス,そして経験と理解がともに現前する状況の中で,その特定の相互作用と相互の接合から構築される」(Massey 1993マッシー 2002: 41)とするような,地理的位置に固着せず,場所を「領域のメタファーから解き放つ」(吉原 2008: 100)理解が広がりつつある. しかし管見の限りにおいて,上述の再概念化を経た場所に対する感覚を実証的に扱った研究は限られている.個人が他所の経験によって自己を形成する過程について写真家の作品を分析することで研究した成瀬(2010)は,「抽象的なふるさと論ではなく,様々なスケールで具体的な主体と地理的場所(それは実在するものだけではなく,フィクションのものも含む)に基づく事例研究を積み重ねる必要があろう」(p.80)と述べている.本研究はそのような事例研究の一つとして,移動生活者の場所に対する語りや日誌の収集と分析を通じて,彼ら/彼女らが有する独自の場所感覚を探究することを目指す.

著者関連情報
© 2022 公益社団法人 日本地理学会
前の記事 次の記事
feedback
Top