日本地理学会発表要旨集
2023年日本地理学会秋季学術大会
セッションID: 621
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表出する関係性と日常
大分県佐伯市船頭町・大手前地区の変容について
*中澤 高志
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抄録

Ⅰ はじめに 定量的データを客観的に分析する限り,地方都市の多くが人口減少と地域経済の衰退に直面していることは事実であり,そこから目を背けることはできない.大分県佐伯市もまた,客観的には自律性に乏しい地域経済を抱えた「消滅可能性都市」である.しかし,佐伯に暮らす人々が学問に望んでいるのは,解決策を提示することなしにそのような冷徹な事実を突きつけることではない. 報告者はこの5年ほど,大分県佐伯市において多くの人と交流して話を聞き,「小さな物語」を集めてきた.フィールドワークをしてみれると,佐伯の人々が主観的に抱く生活上の「幸せ」や「楽しさ」と,データが描く現実との間に,大きなギャップがあることに気付く.一つ一つは個人的な経験であり,多分に主観的に語られる「小さな物語」を集めてみると,それらが絡み合って「まちの物語」となり,数字が抱かせる印象とは異なる現実が見えてきたり,まちが持っている可能性が浮かんできたりするのである. 本報告では,佐伯市船頭町・大手町地区に暮らすキーパーソンおよびその周辺の関係性と日常が,まちの変容として表出してくるプロセスを紹介する.それは,他地域に移転可能な政策パッケージを教えてはくれないが,いま・ここでの暮らしをよりよくしようと一歩踏み出そうとする人に希望を与えてくれると期待している. Ⅱ 胎動期 船頭町・大手前地区は,佐伯市の中心市街地の南端に位置し,デパート「寿屋」を中心に賑わっていた.しかし2002年の寿屋の閉店によって,地区は壊滅的な打撃を受けた.寿屋の跡地は,佐伯市による再開発事業の核としてその利活用が検討されたが,利害調整がうまくいかず,10年以上空き地のまま放置されることになる. キーパーソンの1人であるGさんは,合併によって現佐伯市が誕生した2005年に帰郷して市役所に入庁し,しばらくして若者が魅力を感じるまちづくりをする団体として「佐伯盛上隊」を結成する.佐伯盛上隊は,寿屋の跡地を借りて2009年から3回にわたって夏にフェスティバルを開催した.この頃は市の再開発事業計画(結果的には頓挫する)が固まりつつあり,Gさんは再開発用地を若者が同じ規模感でどう使えるかを試してみたいと思っていたという. 船頭町の北を東西に走る京町通りでは,交付金による環境整備事業が行われることになり,これが京町通りの住民や商店主に意思疎通を促すきっかけとなる.この事業は,「京町通りまちづくりの会」の契機にもなり,若いキーパーソンたちが年長の商店主との良好な関係の下でまちづくり活動を進める足場固めの意味があった. 同じころ,京町通りの糀屋本店が発火点となって全国的な塩麹ブームが起こった. 2010年には,Kさんが市役所に入庁,Zさんが帰郷(後にコンサルタントとして独立)し,船頭町のまちづくりは大きな推進力を得ることとなる. Ⅲ 開花するまちづくり 市役所の同僚となったGさんとKさんが,2015年にDOCREというまちづくりユニットを結成したことで,まちづくりは開花期へと移行する.2人がまず実践したのは,空き店舗が目立つ船頭町の物件をリノベートしてそこに住まう事であった.ほぼ時を同じくして,ZさんもGさんの隣の空き物件を購入し,リノベートして移り住んだ. 3人は,船頭マチイチというマルシェ形式のイベントを仕掛けていった.店舗や住まいの一角を借りてマーケットを開くことで,賑わいがあったかつての船頭町の日常を,1日限りでも取り戻そうと考えたのである. その後,DOCREの2人は「角と平と。」というイベントを月1回始めた. 季節ごと3カ月に1日のマチイチよりもカジュアルなイベントをより高い頻度で続けていくことで,行きかう人の姿がある船頭町を,日常の風景に近づけていくことを目指している. リノベーションは関係性を構築する契機にもなり,地域おこし協力隊員などを巻き込みながら,次第に周囲に波及していった.佐伯市も,リノベーションの波に呼応する動きを見せ,中心市街地の空き家・店舗を活用し,交流人口や賑わいの創出につながる新規事業に対して補助金を出す事業を始めた.これらに呼応するように,凍結されていた寿屋跡地の再開発も動き始め,2020年にはさいき城山桜ホールが竣工した.オープンスペースに囲まれた桜ホールには,いつも人の出入りがあり,名実ともに新しいまちの顔となった. Ⅳ 省察  本報告の内容は,「良い日常からよい都市が生まれる」とする武者(2020)の「人文学的アーバニズム」と関連付けられよう.また,「表出する関係性と日常」という認識は,集団の関係性(人倫的組織)が表出したものとして景観を捉える和辻哲郎の風土論(和辻2007)とも接点を持つ.時間が許せば,こうした理論的展開の可能性についても論じたい.

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