日本地理学会発表要旨集
2023年日本地理学会秋季学術大会
セッションID: 435
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災害危険区域における土地利用と震災伝承活動の変容
-仙台市若林区荒浜地区を事例に-
*松岡 農
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抄録

1.研究経過 松岡2022は,東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)後に,仙台市若林区の災害危険区域である荒浜地区で展開される震災伝承活動について,震災伝承施設を用いた行政による活動と元住民による活動の双方に着目し,2020年から2021年かけて調査を行った。この結果,災害危険区域に立地する震災伝承施設には,震災以前の地域の景観や生活のすがたを記録,展示する機能,いわば「地域伝承」の機能が,他の地域に立地する震災伝承施設に比べ,充実していた。しかし,荒浜地区の震災伝承施設には元住民が来訪者と対話し,語り部活動等に取り組む機能,いわば「体験対話」の機能は設けられていなかった。その一方,居住が禁止された災害危険区域では,元住民が住宅の跡地に活動拠点を設け,その拠点に通うことで,休日を中心に来訪者との対話を中心とした震災伝承活動に取り組んでいた。このように,災害危険区域では行政と元住民の2者がいわば役割分担するかたちで震災伝承活動に取り組んでいた。しかし,両者は区域内に別々に拠点を有し,両者が連携した活動も無いに等しい実態であった。この背景には,震災後の災害危険区域指定をめぐり,行政と元住民が対立し,結果的に元住民が集落の現地再建を断念したという経過があった。この結果から,松岡2022は行政が震災伝承施設に「地域伝承」の機能を設け,元住民に一定の配慮を示した一方,未だ行政と元住民が協力関係を構築できていないことを指摘した。そして,2021年時点で,行政が災害危険区域で進める防災集団移転跡地利活用事業により,集落の痕跡の消滅と,震災の記憶の風化が進むと考えられるなかで,元住民が取り組む対話を中心とした震災伝承活動が岐路に立たされていると主張した。  本報告は,2023年に改めて荒浜地区で実施した現地調査をもとに,災害危険地域における土地利用と地域で行われる震災伝承活動の変容を明らかにする。

2.集落の痕跡の消滅と震災伝承施設の充実 震災以前の荒浜地区は,東側の大字荒浜は半農半漁村,西側の荒浜新1丁目・2丁目は仙台市郊外のニュータウンとしての性格を持つ集落であった。しかし,津波により集落全域が壊滅したのち,行政が2011年12月に荒浜地区全域を災害危険区域に指定し,元住民の所有地を原則としてすべて買い上げ,内陸部に防災集団移転させた。そして,行政は買い上げた荒浜地区において,防災集団移転跡地利活用事業を進めた。しかし,2020年9月時点では荒浜新1丁目・2丁目に県道10号線の嵩上げ道路(東部復興道路)や避難の丘,JR東日本の関連企業が運営する観光果樹園(ただし,一般向けの営業開始は2021年3月)が整備されたが,大字荒浜の大半は未利用地であり住宅基礎や外壁の一部が残されていた。 2023年の調査の結果,未利用地は防災集団移転跡地利活用事業で計画された市民農園やバーベキュー場を造成するために更地となり,集落の痕跡は震災伝承施設として保存された一部を除き,消滅した。一方,荒浜地区の震災伝承施設は,2023年1月に展示を改装し,元住民が荒浜地区に対する複雑な思いを語る動画が新たに展示され,「地域伝承」の機能がより充実した施設となった。しかし,行政と元住民の関係に着目すると,未だ両者の協力関係は構築されたとは言えない状況であった。

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