日本地理学会発表要旨集
2023年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 141
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浅間山麓における湧水中のフッ化物イオンについて
*鈴木 秀和
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抄録

1.はじめに

 浅間山は近年も噴火活動を繰り返す日本を代表する活火山である。その山麓には数多くの湧水が分布しており,そこで暮らす人々にとって貴重な水資源として活用されてきた。 浅間山北麓では,水道水源として利用されている湧水・地下水に,約1.0mg/L(水道水質基準は0.8mg/L以下)のフッ化物イオン(F)が含まれていることが以前より知られていた(佐伯・田瀬,1988)。

 フッ素は適量の場合虫歯予防に効果があることが知られているものの,歯が形成される乳幼児期に過剰に摂取し続けると,歯に白や褐色の斑点ができる斑状歯を引き起こすことが知られている。さらに,高濃度のフッ素を含む水を継続に飲用することで骨硬化症を発症し,疼痛,硬直や異常な骨形成などによる運動障害が起こることもある。 今回は,浅間山麓に分布する湧水に含まれるフッ化物イオンの由来について予察的な検討を行ったので報告する。

2.研究方法

 2022年7月29日~8月1日にかけて,浅間山麓に分布する30ヵ所の湧水を対象に採水調査を実施した。現地では,100mLのポリビンに湧水を採水するとともに,水温,pHおよび電気伝導度(EC)の測定を行った。採水した水は実験室へ持ち帰り,主要溶存成分の分析を行った。

3.結果および考察

 今回対象とした湧水のF–濃度は,0.1~1.0mg/Lの値を示していた。島田(2011)によると,日本の河川水におけるF–濃度の平均値は0.15mg/Lであるが,本地域ではそれ以上の濃度をもつ湧水が数多く存在していた(図1)。

 F濃度の高い地下水・温泉水の多くは,噴気活動に関連した強酸性を示すものと,深成岩類を湧出母岩とする弱アルカリ性の2種類に分けられる。前者は火山ガス中に含まれるフッ化水素(HF)が関与しており,後者は帯水層中の雲母(黒雲母,イライト)から溶出している事例が多いようである(島田,2011)。

 浅間山は現在も活動中の火山であることから,山麓部の湧水にフッ化物イオンが多く含まれる原因として,山頂火口付近で火山ガスの影響をうけた地下水の関与が推察される。図1をみてわかるように,F濃度の高い湧水は,現在も活動中の前掛山の山麓に分布している。浅間山の北・東麓に分布する一部の湧水には,火山ガスの影響をうけた山体深部に由来する高温で高塩分濃度の地下水の混入が指摘されている(鈴木・田瀬,2010)。  湧水中のフッ化物イオンの起源も深部由来の地下水であれば,水温やECとF濃度との間には正の相関関係が認められるはずである。図2には陰イオン(Cl,SO42,HCO3,F)とECの関係を示したが,北麓と東麓の湧水には,フッ化物イオン以外の成分とECとの間に明瞭な相関関係がみられ,それらの成分が深部由来地下水の影響をうけていることがわかる。

 一方,ECとの間に明瞭な相関関係がみられないフッ化物イオンは,他の成分とは異なる起源を持つことが推定される。図1をみると,とくにF濃度が高い湧水は,1783年の天明噴火の際に噴出した火砕流と溶岩流の末端付近に分布していることがわかる。このような分布特性から考えると,浅間山北麓の湧水中に高濃度で含まれるフッ化物イオンは,吾妻火砕流や鬼押出し溶岩に含まれる蛍石(CaF2)のようなフッ化物から溶出してきていることが推定される。

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