日本地理学会発表要旨集
2023年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: S502
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飛騨山脈北部の現存氷河の特性
*福井 幸太郎飯田 肇
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キーワード: 氷河, 流動, 飛騨山脈, 質量収支
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抄録

1. はじめに

飛騨山脈北部では,2012年に小窓・三ノ窓・御前沢雪渓が(福井・飯田 2012),2018年に池ノ谷・内蔵助・カクネ里雪渓が(福井ほか 2018; Fukui et al. 2021),2019年に唐松沢雪渓が(有江ほか 2019)氷河であると判明した.本発表では,氷河の定義,氷河分布地としての飛騨山脈北部の気候条件,流動,質量収支について検討する.

2. 氷河の定義

雪や氷の用語について日本の氷河学者や雪氷学者が古くから準拠しているものの一つがイギリスのスコット極地研究所が出版した雪氷用語集”Illustrated Glossary of Snow and Ice” (Armstrong et al. 1966)である.この用語集は『雪氷』29巻5号で紹介され(楠 1967),「氷河」の定義に関する部分は「たえず高所から低所へ動いている雪と氷の集塊」と訳されている.

この訳文をもとに『新版 雪氷辞典』では氷河を「陸上で重力によって常に流動している多年性の氷雪の集合体」(上田 2014)と定義した.この上田(2014)の定義が現在,日本の氷河学者や雪氷学者の間で広く受け入れられている氷河の定義であろう.これに対して,吉田(2020)は氷河を「停滞または流動している氷体で0.01km2以上の広さを持つ」と定義し,流動は必ずしも必要でないと主張している.

なお,世界的には面積が0.5km2以下の氷河をVery Small Glacier(VSG)と分類する論文が多数出版されている(例えばHuss and Fischer 2016).日本の氷河はいずれも面積が0.5km2以下なのでVSGに分類される.

3. 気候条件

飛騨山脈北部の夏の気温は立山山頂(標高3,000 m)で約8℃で,世界の氷河分布地の気温と比較した場合は,高めといえる.積雪深は,立山室堂平で約7 m,積雪水量換算で約3,000 mmで,世界の氷河分布地と比較しても有数の積雪量といえる.

世界の氷河地帯に目を向けると,アメリカ合衆国西海岸にあるカスケード山脈やノルウェー西岸では,立山山頂と同じような夏の気温,積雪量の場所にも,氷河が形成されている(Ohmura et al. 1992).このため,現在の飛騨山脈北部の稜線付近は,大雑把にみれば氷河が辛うじて形成されうる気候条件下にあるといえる.

しかし,飛騨山脈北部で,氷河が分布しているのは,稜線付近では無く,カールやU字谷の谷底である.そこは,稜線よりも数百~千メートルも標高が低く,消耗量が増加するため,氷河が維持されるには,7 m程度の積雪だけでは,涵養量が足りなくなる.

飛騨山脈北部の各氷河上では,最大25 mに達する厚い積雪が氷河の全面を覆う(福井・飯田 2012).積雪の密度を450 kg/m3と仮定すると,積雪水量は約11 mに達する.飛騨山脈の氷河は,雪崩や吹きだまりといった地形的な効果による膨大な量の雪の集積で,涵養量の不足分を補い,現在でも維持されていると推測される.

4. 流動

融雪末期の約1ヶ月間の流動量から推測された流動速度は小窓・三ノ窓氷河で約3.7m/年,カクネ里・池ノ谷・唐松沢氷河で2~3 m/年,御前沢氷河で約60 cm/年であった.唐松沢氷河では,2018年10月~2019年10月の1年間の流動量観測にも成功しており,流動速度は2~2.3 m/年であることが確認された(Arie et al., 2022).内蔵助氷河では5年間で14 cmの流動量が観測され,流動速度は3 cm/年程度と推測された.

2013年9月に三ノ窓氷河では,約20 mのアイスコアが採取された.コア解析の結果,深度12 m以下では気泡の伸張がみられ塑性変形による流動が確認された.

5. 質量収支

ステーク法による御前沢雪渓の2011/2012年の質量収支では,mass balance gradientが正にならず,本来ならば質量収支の値が大きく負になるはずの氷河末端付近で,質量収支がほぼ0になった(福井ほか2018).このことから,御前沢雪渓の涵養には,雪崩による側面からの雪の供給が大きく寄与していることが示唆された.

Arie et al. (2022)では,セスナ空撮画像とSfM-MVS技術を用いた測地学的な方法で飛騨山脈の5つの氷河の2015/16/, 16/17, 17/18, 18/19年の4年間分の年間質量収支,冬期収支,夏期収支を求めた.その結果,夏期収支と冬期収支はともに約10 m w.e.で,年間質量収支幅は約10 m w.e.に達し,世界のほかの氷河と比較して極端に大きいことが分かった.また,ステーク法の結果と同様,mass balance gradientは正にならず,涵養域と消耗域の区分が出来ないため平衡線を見いだせないと主張した.

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