日本地理学会発表要旨集
2024年日本地理学会秋季学術大会
セッションID: 605
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イノベーションの空間的変容と近接性に関する一考察
福井県の繊維産業とその支援体制に着目して
*曽我部 千洋
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抄録

Ⅰ はじめに

 イノベーションの重要性が高まる中でその地理的要素に着目した研究も盛んになっている.加えてイノベーションは企業内のみならず企業外の他主体とのネットワークの中で起こされるとする考えも重視されるようになり,伴って地域イノベーションにも注目が集まっている.本研究は福井県の繊維産業を事例に,歴史的に地域に根差して発展してきた産業におけるイノベーションが地域内・地域外の主体とどのように関わりながら創出され,その空間的広がりがどのように変容してきたのか,その創出に重要な近接性はどのようなものかについて近接性概念(Boschma 2005)を用いて考察するものである.本研究では特許データを用いた空間的広がりの分析・社会ネットワーク分析を行うほか,イノベーション事例のインタビュー調査や文献調査等から定性的にイノベーション創出の実態を明らかにし定性・定量両面から分析を行う.

Ⅱ 特許データを用いた定量分析

 本研究では知的財産研究所の特許DB「IIPパテントデータベース」を用いて,特許をイノベーションの代理指標として分析した.分析ではSQLを用いて全体のデータベースから出願者住所が福井県内かつ特許分類が繊維関係の特許を抽出し,イノベーションの空間的広がりの可視化および分析,ネットワーク分析ツールを用いた社会ネットワーク分析とネットワークの可視化を行った.結果として年代が進むほど,また企業規模が大きいほどイノベーションの空間的広がりが拡大しており,地理的近接性の重要度は低下してきている可能性が示唆された.社会ネットワーク分析では企業,公設試,大学等各主体の協業構造の実態およびその変化について可視化・考察を行った.

Ⅲ イノベーション事例の定性調査

 本研究では企業規模や時期が異なる事例を取り上げイノベーションの創出過程をインタビュー調査等から詳細に明らかにした.事例はいずれも企業外主体との連携を含むオープンイノベーションの事例であり,協業相手は県内外の大学,福井県工業技術センター(公設試),県外企業,病院等である.協業のきっかけとしては地理的近接性の他に既存の主体間関係(取引関係等)が重要であった事例が複数見られたほか,講演会への参加をきっかけに協業に至った事例も存在した.これらは地理的近接性以外に社会的近接性や技術的な近さが重要になりうることを示している.協業段階では依然どの事例も複数回の対面接触による研究開発が行われており,地理的近接性の重要性を裏付けている.また複数事例で工業技術センター・福井大学の関与が見られ,地域の繊維産業イノベーションにおける技術相談・共同研究のパートナーとして企業以外の各主体が機能していた.工業技術センターの支援体制については追加して考察を加えた.

Ⅳ 考察・まとめ

 既存の理論・研究で示されてきたように地理的近接性は依然重要な要素であったが,定量分析の結果からその位置付けは変わりつつあると考えられる.地域イノベーションの創出においても地域外の主体が積極的に関わる事例は比較的早くから存在していることから,知識の新奇性の観点も含め各スケールにおける各種近接性のメリットを活かしたイノベーション促進の取り組みが求められる.

参考文献

Boschma, R. A. 2005.Proximity and Innovation: A Critical Assessment.Regional Studies 39(1): 61-74.

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