日本地理学会発表要旨集
2024年日本地理学会秋季学術大会
セッションID: P017
会議情報

ジオラマ地理学のすすめ1
今こそ解放,そして新たな地理学の構築へ
*野中 健一
著者情報
会議録・要旨集 フリー

詳細
抄録

Ⅰ 地理空間は具象からはじまる

 地理的な空間的事物や経験をもとにジラオマを作って説明・表現しよう,その製作過程は地理をより深く理解する上で有用であろう,この可能性を岩田修二氏,海津正倫氏との製作過程の共有と討論を経て検討してきた(2024年8月発刊の月刊地理69-9特集参照).これをもとにした「ジオラマ地理学」の提案が3名で構成する一連の報告の目的である.ここでは野中(2020ab)に述べたジオラマの地理への活用を発展させ,地理ジオラマの概念とその実践をこれまでの製作例から検討したい.

Ⅱ 地理ジオラマの提唱

 地理学は可視的な説明・表現法として,これまで土地利用図に代表されるような主題図,概念モデル図での説明を得意としてきた.報告者は,人の意識・行動をも含め,さらに異なる情景を組み合わせて統合的に地理的な説明をする地理絵を提唱した(Nonaka&Yanahara 2007).

 さらに立体的に造形しディテールを表現することにより説明できる要素がいっそう増える.ジオラマ作りでは人の抱く感情を含めた情景(シーン)という言い方がなされる.主体的時空間造形とでもいえようか.情景を一つ一つ組み合わせていくことによって,個々と全体が一体となる.あたり一帯のつくり方(構図)が地域の成り立ち(構造・構成)を呈する.ここに人の暮らしと環境から総合的に成り立っている地域をジオラマとして構成したものを地理ジオラマとして提示できる.全体を構成すると同時に細かな暮らしが再現されていることにより,俯瞰ともに小さな世界の中に入り込むこともできるのが地理ジオラマの特徴として提示できよう.

Ⅲ ジオラマへの鉄道模型導入

 ジオラマにおいては,鉄道が情景の時間と空間,そして物語をうみだす(野中2021).ジオラマの構図作りおいて,ジオラマにおける線路の存在は空間を分ける,すなわちさまざまなシーンを配置するスペースを提供する.ジオラマが限定された面上に展開するのを,線路が断片的なエピソードを連続的につないで広がりを作り出し,列車の走りは,次のシーンへとつなぐストーリーテラーの役割を果たし,時間の経過は思いを巡らす時間を作り出す.

Ⅳ 地理ジオラマを作る

 報告者は,主に1/150スケールで60×30cm前後で製作してきた.ここ数年はさらに小さくかつ手軽に扱うことのできるA4サイズのジオラマを製作している.これらは,原風景自分史(授業で製作指導),地理的風景意味ある場所の再現と大きく分類できる.これらの事例はQRコードから参照されたい.

 製作時間は,A4サイズの例では平均39.3時間である.数ミリの小石をピンセットで一つ一つ積み上げて石垣を作る,檜樹皮を薄く削いで細かく刻み,それを一枚一枚重ねて檜皮葺き屋根を作る,人の賑わいや暮らしぶりを人形や小物で表現する…こうした地道な作業は,論文執筆や授業資料作りと同様の時間であり,地理学徒にとって地理的思考の心地よい時間となる.製作にはさまざまな技法があるが,それは地理学の分析表現技術を学ぶことと同じである.地域を表現する技でもある.製作を超えた地域の見方と提示の仕方を考える技法の習得となろう.

Ⅴ ジオラマの社会的活用

 拙作は,これまで舞台としたところでのお披露目や地域イベント,ギャラリー展示などで,あるいは野外での撮影時に関心を寄せて来た人に観てもらってきた.観た人たちは,実在の場所事物を思い起こし会話が弾んでいた.思いがけない情報も得られた。将来を構想したものでは,広くアイディアを考案する機会を提供した.観るだけでなく,そこからさまざまに思いを馳せ,考えを創出していけるコミュニケイティブ・インタラクティブな機能も有している.

Ⅵ 真の地域研究へ

 ジオラマを製作するには,地形,植生,河川形態,土地利用の形態分類だけではない.それぞれがどうなっているのか,分類区分のそれぞれがどのように成り立っているのか,どう移り変わっていくのか,具体的には,地形の変化,土性、樹種だけでなく樹形・葉の茂り方,川の流れ方,積雪状態,建物の経年変化,使用感,暮らし方など,その成り立ちを空間的にも時間的にも考えて連続的に作ることができる.そして,全体の構成から一つ一つのモノまで,マクロからミクロなつながり,すなわちマルチスケールの中に,すべてがアクタントとして場所に意味づけられて構成される.すなわち現実地域の構成と“生”(自然も人も)を実感して考えることができる.そこにまさに地理学が向かうべき,構造,構成,関係における諸課題がみえてくる.これらを主体的に考え,そしてその論理のもとに要素を構成して表現する.これは一つの地理学的表現技法となろう.

著者関連情報
© 2024 公益社団法人 日本地理学会
前の記事 次の記事
feedback
Top