日本における国民皆保険を担保する上で大きな役割を果たす国民健康保険(以下,国保)は,総人口のおよそ2割を加入者としている。75歳以上を被保険者とする後期高齢者医療制度を除けば,被用者を対象とする他の公的な医療保険(協会けんぽ/組合健保/共済組合)と異なり,国保は,被用者保険への非加入者(自営業・農家・短時間労働者・年金生活者等の無職者など)を対象とするため,年齢構成や医療費水準の高さと,所得水準の低さとが特徴となっている。加えて,運営が市町村単位であるため小規模保険者が多く含まれており,一部の被保険者による高額の医療費支出が財政運営を不安定化させる構造的問題を抱えながら今日まで続いてきた。
こうした問題に対処するため,2015年5月に「持続可能な医療保険制度を構築するための国民健康保険法等の一部を改正する法律」が成立したことで,市町村国保の仕組みは,以下のように,2018年度から大きく変化することとなった。2017年度までの市町村国保は,原則として市町村単位で国保財政が管理されていたが,2018年度からの新国保では,都道府県が国保財政の責任主体として位置づけられ,保険者となった。新制度における都道府県の役割として,市町村別の「国保事業費納付金」を年度ごとに決定して徴収することのほか,これまで市町村ごとに独自に決定していた保険料水準や運営方法を県内で統一する方向へ議論を主導し,市町村との協議を経て,各都道府県における「国民健康保険運営方針」を策定することが求められるようになった。
ただし,市町村別の保険料水準を決定づける要素はさまざまで,歳出面では医療費水準の見込みのほか保健事業への取り組み方も関係し,また歳入面では加入者からの保険料の収納率や市町村一般会計からの繰入れ額にも影響を受ける。このように市町村ごとに異なる裁量的な要素が多く含まれる運用方法を採用してきた従来の国保財政を急激に都道府県単位で統一することは,とくに従来の医療費水準が低い(保険料水準も低い)市町村からの疑義や反発が生じやすく,その合意形成と実際の運用変更は必ずしも円滑に進まない場合が多い。
市町村国保の保険料を都道府県単位で統一するにはいくつかの段階があるが,厚生労働省が挙げる主な統一方法として,「納付金算定ベースの統一」がある。これは,市町村別の医療費水準の違いを事業費納付金の算定に反映させる度合いを意味する「医療費指数反映係数α」を,全て反映させるα=1から全く反映させないα=0へ移行させていくことものであり,各都道府県における課題となっている。αの値は,α=1からα=0へ向けて,0<α<1の範囲での段階的設定も可とされており,それらの移行年度を市町村との協議で県が決定し,「国民健康保険運営方針」にその内容を記載することになっている。
ただし,市町村ごとの医療費水準に差があり,統一が負担増を招く市町村が存在することを背景として,「納付金算定ベースの統一」に向けた動きには,次のように都道府県ごとに進捗の差が生じている。α=0としていた都道府県は,新制度の始まった2018年度は4府県(滋賀・大阪・奈良・広島)のみであり,その後も2021年度に兵庫が,2023年度に三重が加わったのみであったが,2029年度までの新たな6年間の「運営方針」の初年度となった2024年度からは北海道・群馬・埼玉・香川・高知・長崎が加わり,12道府県となった。それ以外の35都府県でも,2024年度現在でα<1が15都県あり,それらのうち沖縄を除く14都県は,2025年度(青森)から2033年度(秋田)まで幅はあるが,α=0とする目標年度を明記している。また2024年度現在でα=1の20府県についても,うち10県は2028年度から2030年度までにα=0を達成する目標を現行の「運営方針」に書き込んでいる。
他方で,2024年度現在α=1の地域のうち9府県は,現行の「運営方針」にα<1の目標年度を明記するに至っていない。α<1の目標達成を明記できた都府県も含めて,「納付金算定ベースの統一」の先に位置づけられる「完全統一」は2府県(大阪・奈良)でしか達成されていない点を踏まえると,他の都道府県では,「完全統一」に至るまでの期間は,保険料算定方式(所得割/資産割/均等割/平等割)のほか,保健事業や保険料収納率の市町村間の差異に関する取扱いが統一されず,各市町村の裁量が残った状態が当面は継続することになる。このように新制度下にある市町村国保の運用は,一見すると都道府県単位へと広域化されているかのようでありつつも,なお従前のような市町村による関与が当面は継続することになる点で,ガバナンスの多層化(複層化)というべき状況が生まれている。