主催: 公益社団法人 日本地理学会
会議名: 2024年日本地理学会春季学術大会
開催日: 2024/03/19 - 2024/03/21
問題の所在と課題の設定 離島では,資源の狭小性,市場の狭小性,規模の不経済性,主要市場からの遠隔性(嘉数2019: 51-56)などを原因として,第1次産業の脆弱さが指摘されてきた.そのなかでも,比較的漁業の振興は優位とされる.理由として,沿岸域の開発が少なく豊度の高い生産基盤が維持されていることと,離島振興により港湾整備が十分にされていることがある.このほか,漁業の生産性は自然環境の豊度に依拠しているため,人口減少の影響を受けにくい(工藤2021)ことも利点として挙げられる. 他方,水産物の出荷と販売については課題が多い.人口規模が小さく島内での消費量が少ないうえに,本土へ出荷するためには船便を利用しなければならず,時間的・金銭的コストがかかる.また,長時間の輸送による鮮度の劣化も問題となる(工藤2021).このように,生産に関する優位性と,流通・販売に関する不利性が離島漁業の特徴といえる. 島外への出荷に課題を抱える一方で,生産地と消費地が近接しているため,島内には水産物が豊富に供給される.この点に関して,島外からの来訪客を受け入れる観光業にとって,離島は新鮮な水産物を観光客に提供でき,観光客が求める「離島らしさ」も演出できる条件が整っているといえる. そこで,本報告では,長崎県佐世保市に位置する宇久島の観光業をめぐる小規模な水産物の流通と消費の実態を明らかにする.観光業を本業としない民泊事業者間での食材の交換に焦点を当てる.これにより,住民間の交流やコミュニティづくりといった非経済的な水産物の流通にも分析を広げたい. 調査地と民泊事業者による食事の提供 宇久島は長崎県佐世保市に位置する人口1,888人(2020年国勢調査)の島である.アクセスはフェリーまたは高速船に限られている.フェリーでは佐世保港から約2時間30分,博多港から約4時間かかる. 昭和初期までは,属島の寺島に「出買い基地」があり,東シナ海漁業の根拠地として栄えた.しかし,それが昭和初期に廃止されて以降,繁殖牛経営を除いて主な産業が育たなかった.戦後,復員により島内の人口が急増し,1950年代から1960年代にかけては1万人を超える人々が島で生活していたが,その後は現在まで人口は一貫して減少し,高齢化も同時に進んだ. 観光業では,2013年より宇久町観光協会が中心となって体験型の民泊事業がはじまった.2023年の調査時点で,22の民泊事業者が宿泊客を受け入れている.事業者には,漁業者,畜産農家とともに,飲食店経営者,元行政職員なども含まれる. 事業者宅での夕食・朝食には,島内で栽培された農産物と漁獲された水産物が多く使用されている.ここで扱われる食材は,それぞれが自家栽培したものと,島民間で譲渡・交換されたものが多分に含まれる.調査を通じて,島民間の交流を基盤とした民泊事業者による宿泊客への食事の提供が確認できた.観光客へ「宇久島らしい食事」を提供することが可能となる背景には,こうした島民間での食材の融通があった.文献嘉数啓 2019. 『島嶼学』古今書院工藤貴史 2021. 人口減少時代における漁村再生の意義と課題」漁業経済研究64(1)・65(1)合併号: 61-76.