主催: 公益社団法人 日本地理学会
会議名: 2025年日本地理学会春季学術大会
開催日: 2025/03/19 - 2025/03/21
1.はじめに
高速道路は地方での産業の発展や,国土の均衡な発展を目的として,1963年の名神高速道路開通以降,国土の主軸から周縁部や大都市の環状線へと整備が進んでいる.高速道路が開通することによって沿線地域に与えられる影響について,2000年代半ばまでに多くの研究が蓄積されてきた.しかし,2000年代以降は,土木工学による経済効果の計量的な分析に移り,高速道路の開通によって沿線地域に具体的にどのような変化が起きたのか研究されていない.そこで,本研究は,2000年代以降の高速道路の開通によって,沿線地域にどのような影響が起きたのかを明らかにする.
2.調査方法
高速道路の開通による沿線地域への影響を明らかにするため,アンケート調査を実施した.調査は高規格幹線道路が2005年以降に開通した372市区町村の役場・役所の道路建設担当部署を対象とし,高規格幹線道路が開通した後の影響を質問し,187市町村から回答を得た.
アンケート調査によって得られたデータについて,先行研究で報告されてきた地域への影響と比較し,影響の3大都市圏と非大都市圏,有料区間と無料区間での出現の傾向を分析した.
3.アンケート調査結果
アンケート調査の結果,道路交通の改善や人の往来の増加といった高速道路の直接的な効果を示す回答は42~49%と半数弱の市町村の回答があった.
先行研究では,高速道路の開通を契機に産業が振興して,人口増加につながるとされてきたが,本研究のアンケート調査では,企業・産業が立地したという影響は,3大都市圏や非大都市圏の有料区間沿線で多い傾向で,32%に留まり,既存の産業が成長したという回答も7%に留まった.また,雇用については,当該地域で就業機会が増えたという回答の35%よりも,ほかの地域への通勤が容易になることによる就業機会の増加の影響の方が39%と多く回答された.さらに,定住人口減少の抑制や維持・増加につながったという回答は11%であり,産業・雇用・定住人口に対する影響は量的・地域的に限定的な結果となった.
一方で,災害での高速道路の役割が58%,救急搬送の負担軽減・救命率向上の影響が52%と,先行研究では注目されてこなかった災害・救急に対する影響は,半数以上の市町村が回答しており,非大都市圏で多い傾向であった.
4.考察
先行研究で示されてきた高速道路の開通による沿線地域への影響と,本研究による調査結果とを比較すると,①アクセス性の改善といった高速道路の直接効果にあたる影響は依然として多くみられること,②一方で産業や人口に対する影響は限定的になっていること,③先行研究では注目されなかった防災や救急での役割が大きくなっていること,が示された.
産業や人口に対する影響が,量的に少なくなり,地域的には大都市圏で多い傾向になっていることに関しては,日本全体で産業が成長局面から成熟局面へと変化して事業所の新規立地や生産増加が低調になっていること,高速道路の開通による時間短縮効果が逓減していること,高速道路の整備が国土の主軸から周縁部という産業が立地しにくい地域へ移行していることが要因として示唆される.
災害に対する高速道路の役割は東日本大震災で大きく認識され,近年,社会的にも学術的にも注目されている.こうした災害や救急に対する高速道路の役割は,特に非大都市圏で,高速道路の重要な役割になっていることが明らかになった.
5.おわりに
先行研究では,高速道路の開通が沿線地域の産業振興に寄与し,それによって人口が増加するとされてきた.また,全国総合開発計画から国土形成計画に至る国土計画では,高速道路の役割として,交流を促進して地方圏において産業やイノベーションを生む役割,地方の一定の圏域で都市機能を集約して都市機能を維持する役割,災害対応の役割が示され,高速道路の整備によって国土の均衡な発展につながるとされてきた.
しかし,現在では,高速道路によってすべての地域に産業振興の恩恵がもたらされるわけではない.非大都市圏を中心として,産業やイノベーションの創出にはつながりにくくなっており,経済面ではない災害対応や救急に対する役割が認識されるようになっている.
先行研究では1960年代から2000年代半ばにかけての一時点でしか調査が行われてこなかったが,本研究で2000年代以降の高速道路の開通による沿線地域への影響を横断的に明らかにして,2000年代以前の状況からの変化を示した.このことによって,高速道路の開通による沿線地域への影響が,すべての時代や地域において同じではなく,日本全体の産業構造の変化や,高速道路が整備される地域が日本の主軸から周縁部へ移行していくことに伴って,変化していることが明らかになった.