本研究では,地域資源を活用した分散型宿泊施設による地域再生について報告を行う.分散型宿泊施設の一つにアルベルゴ・ディフーゾがある.アルベルゴ・ディフーゾとは,使用されていない歴史的な建造物を再利用し,レセプションを中心に客室が地域に点在する 「分散型ホテル」である (Liçaj 2014).空き家をレセプションや客室・レストランなどに再利用し,地域全体を宿泊施設に見立てる考え方で(渡辺ほか 2015),旅行者はその地域に暮らすような感覚で滞在できる.アルベルゴ・ディフーゾの最終目標は,地域に人を呼び戻すことにある.
このような地域全体を宿泊施設として見立てる取組みは,日本では一般社団法人日本まちやど協会(以下,まちやど協会)が推進している.「まちやど」とはまちを一つの宿と見立て,ゲスト(宿泊客)とまちの日常をつなげていく宿泊施設である.「まちやど」のスタッフは,まちのコンシェルジュとしての役割を担い,地元の人たちが日常的に楽しんでいる飲食店や銭湯などの案内を行う.まちの中にすでにある資源やまちの事業者をつなぎ合わせ,そこにある日常をコンテンツとすることで,地域の価値を向上させる.利用者には世界に二つとない地域固有の宿泊体験を提供し,まちの住民や事業者には新たな活躍の場や事業機会を提供する.このまちやど協会に加盟している宿泊施設は,2022年時点で25施設ある.
アルベルゴ・ディフーゾもまち宿も,空き家や空き店舗などの遊休不動産を再利用し,宿泊施設や宿泊客が利用する飲食店や小売店などが集積することを地域再生の方策の一つとしている.そして,どちらも旅行者と地域を繋ぐコンシェルジュ機能を特徴としている.
本研究では,分散型宿泊施設による地域再生における1)地域の価値、2)事業目的、3)コンシェルジュ機能、4)新規事業者の特性などに着目して報告を行う.
研究対象地域の神奈川県真鶴町では、1993年に制定された真鶴町まちづくり条例『美の基準 Design Code』により保全されてきた景観や日常の暮らしが,「地域の価値」として,地域住民から移住者へと継承されてきた.この「地域の価値」の発信を真鶴出版が行っている.真鶴出版とは,出版業と宿泊業を兼ね備えた小さな泊まれる出版社である.
真鶴出版の宿泊業では,希望する宿泊者に町内を歩いて案内する「まち歩き」を提供している.この真鶴出版による「まち歩き」が,訪問者に「地域の価値」を伝えるコンシェルジュ機能を果たしている.「まち歩き」の場では、真鶴町の歴史や「美の基準」について話をした後,約1時間半から2時間かけて, 背戸道(せとみち)と呼ばれる細い路地を歩きながら,地域の暮らしや文化にふれながら案内を行う.また,地域の商店を訪問し,宿泊者に地域の住民とことばを交わす機会を提供している.
真鶴出版の出版業としては,真鶴町の魅力を出版物(書籍)として発信し,発信された情報により真鶴町に興味を持った人々が,真鶴町を訪問している.真鶴出版の書籍は独立系書店で取り扱われているため,ある一定のこだわりを持つ人々が購入することが多く,書籍などの情報をもとに真鶴町に訪問した人々が、宿泊施設を利用している.そして,真鶴出版での宿泊により地域住民とつながることで,移住をしたり新規事業を行う人々が増えている.
このような真鶴出版の活動をもとに分散型宿泊施設が地域に提供する価値について報告を行う.