日本土木史研究発表会論文集
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明治初期における英国からの技術移植
R. H. ブラントンの業績を通じた一考察
五十畑 弘
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キーワード: 明治期, 灯台, 技術移植
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1987 年 7 巻 p. 79-87

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抄録
R.H.ブラントン (Rlchard Henry Brunton, 1841-1901) は明治初期から中期にかけて明治新政府に雇用された多くのお雇い外国人の第一世代に属する。正確に言えば、江戸幕府の意向により英国外務省、商務省を通じて打診を受け、これを引き継いだ明治政府と雇用契約を結んだのである。1868 (明治元) 年8月の着任から1876 (明治9) 年3月の解任までのブラントンの主要任務は通商条約で決められた開港、開市を物理的に可能ならしめるための灯台の建設であった。また、彼は明治初年ではまだ数少ない土木技術を専問とする技術者の1人であったため灯台建設以外にも広い分野にわたり関与し、明治初期から中期にかけての英国からの技術移植の端緒を開いている。ブラントンの業績のうち灯台建設を除くと彼が調査計画に関与したものは必ずしも全てが実施に移された訳ではないがこれらは港湾、河川、電信、測量地図、道路、鉄道、水道、および橋梁と極めて広い範囲をカバーしている。
ブラントンはこれらの各分野での活動を通じこれらの背後にあるエンジニアリングの思想を導入し、後につづく英国から日本への技術移植の先鞭をつけた。
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