2013 年 18 巻 p. 23-45
この小論は、精神病院の〈症例誌〉を紹介し、これまで日本の歴史学者・アーカイブズ学者によって用いられてこなかったジャンルの史料について、その特徴と利用の可能性に触れる。具体的に取り上げられるのは、東京の小峰研究所が所蔵する王子脳病院(1901-1945)のアーカイブズであり、その中でも個々の患者の症例誌(case history)を分析の中心とする。症例誌がこれまで医学史研究において利用され、その分析がヒストリオグラフィを大きく転換させてきたのは英米を中心とする地域を対象としたものであるため、そこで発展した二つの研究手法、すなわち患者のデモグラフィーを明らかにする量的な研究と、治療と権力の関係を分析する質的な研究を紹介し、王子脳病院のアーカイブズを用いて、それらの方法を用いた結果を試験的に提示する。