年報カルチュラル・スタディーズ
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アメリカン・ルネサンス期の文学に描かれる文明批判と開放型暖炉
ホーソーンの「火を崇める」とメルヴィルの「私と私の煙突」を中心に
林 姿穂
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2025 年 13 巻 p. 21-42

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抄録
アメリカン・ルネサンス期を代表する作家ナサニエル・ホーソーンとハーマン・メルヴィルは人類共通の感情である怒りや憎悪をテーマに作品を書いている。ホーソーンは「火を崇める」(1843)の中で、新型ストーブとして当時一般家庭に普及した気密性ストーブへの嫌悪感を綴っている一方で、メルヴィルは「私と私の煙突」(1856)の中で、古い煙突と開放型暖炉を壊して居住空間を広げ気密性ストーブを設置したい妻や娘たちと、それに徹底抗戦を挑む夫の心情を描いている。気密性ストーブやそれに付随する小型の煙突は、当時は文学のテーマになるほど画期的な文明の利器であったといえる。
本研究では、暖炉が人々の心理や人間関係に及ぼす影響力についてアメリカ文学の中ではどのように描かれているかを分析した。本論文ではまず19世紀のアメリカ人の暖炉に関する思想を概観しながら、暖炉の心理的影響力や社会的影響力について考察した。次に両作家の諸作品を分析しながら、火が人間の心理に及ぼす様々な影響力や火の性質の両義性がどのように描かれているかについて論じた。特に「火を崇める」と「私と私の煙突」では、気密性ストーブの普及により人々がより個人主義的になり、家族(人間同士)の連帯感が脆弱になったことが描かれている。登場人物のストーブに対する嫌悪感や、文明の利器を受容する人々への怒りは、文明の進化がもたらす人間関係の変化や深刻な社会問題を読者に気づかせる役割を果たしている。
現代のアメリカの一般家庭では、セントラルヒーティングを設置しつつも、インテリアとして古い開放型暖炉を置き、その周りで団欒する光景が時折見られる。アメリカにおける開放型暖炉の普及率の高さに着目すると、アメリカ人の暖炉に関する思想は19世紀を生きた作家のホーソーンやメルヴィルの思想と通じるものがあり、彼らの思想が現代のアメリカ人の中に根付いているとも言えるだろう。
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