人類學雜誌
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道具か,それとも,玩具か
北原 隆
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1977 年 85 巻 1 号 p. 57-64

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抄録
野性チンパンジーの道具使用について約15年前からJ.グドーによって東アフリカにおける野生チンパンジの道具使用と製作に関する多くのデータが集あられてきた。このデータにもとついて今日までにたびたびチンパンジ-の道具行動はヒトの道具製作の準備段階であるという解釈がなされてきた。ところでこのような解釈は,チンパンジーが使用する道具が彼等のsubsistence patternの中で,原始人の場合と同じ機能を果しているという前提の上に立っていることを見逃してはならない。ここでこの前提の妥当性を検討することにしたい。
W.ケーラーが1917年に記録したテネリフアの類人猿研究所のチンパンジーの自発的行動の中には,近年東アフリカのチンパンジ-について見られた道具使用行動によく似たものが多い。ケーラーはこの記録の中で,いくつかの重要な問題点を指摘している。まず彼は,道具使用行動の機能を解釈する場合非常に慎重でなければならないということを警告している。たとえば,チンパンジ-のいわゆる道具使用行動が,往々にして,「仕事」よりも「あそび」の特徴を多くもっていることを指摘しているのである。
西田(1973)が発表したデータによって,ケーラーの指摘が東アフリカで観察されて野生チンパンジーの道具使用行動にもあてはまることが理解されよう。この可能性を検討した上で,チンパンジーの「道具」とヒトの生計活動における「道具」との間には,この機能の上で違いがあることを強調したい。このような考え方にたつならば,チンパンジ-の道具使用からヒトの道具製作へという発展の過程は一般にいわれているほど簡単なプロセスではなかったものと考えられよう。それは,自然陶汰が生活のたあに直接的に必要な技術と,生活には間接的にしか役立たない「あそび」のような行動とに,同じ力で働いてきたとは考え難いからである。
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