抄録
【目的】肩腱板広範囲断裂に対しての腱板再建には外科的治療が第一選択となる。今回、高齢者で右不全片麻痺と右肩甲上腕関節脱臼の既往歴があり、加えて明らかなdrop arm sign のある右肩腱板広範囲断裂の症例に対しあえて外科的手術を施行せず、運動療法を選択し実施したところ患側上肢の垂直挙上と下降時の随意的保持が可能となる良好な成績を得たので検討を加え報告する。【対象】対象はMRIで右側腱板広範囲断裂と診断された電気工事職の男性、61歳。運動療法開始4年前の8月5日、被殻出血に因り右不全片麻痺の後遺症。片麻痺発症後の2年3ヵ月後には転倒により右肩甲上腕関節脱臼し無麻酔下で整復。脱臼発症後1年6ヵ月目には高所より転落し右手を地面に突いた。その後右肩甲上腕関節の挙上困難、下降時の上腕保持不可能となった。高齢と合併症の既往歴により術後の機能回復の予後を懸念し運動療法の処方が出され、転落受傷3ヵ月後に運動療法を開始した。腱板断裂判定基準評価(Wolfgang)では、1.疼痛2点、2.外転可動域1点、3.外転筋力1点、4.機能1点、5.満足度-1点と計4点であった(5.項目の満足度を除いて、各項目評点4点が正常、計17点が満点)。椅座位、腹臥位での右肩甲上腕関節の屈曲と外転の随意運動を試みたところ肩甲胸郭結合上での肩甲骨の運動のみを認めた。【方法】患側の上腕骨頭が肩甲骨関節窩で安定下での可動性を得るために、まず肩甲胸郭結合上において肩甲上腕リズムに重要な機能を発揮する上部僧帽筋、前鋸筋、下部僧帽筋を特定した運動療法を設定した。上部僧帽筋に対しては椅座位で、前鋸筋に対しては仰臥位で、下部僧帽筋に対しては腹臥位で徒手抵抗運動を週3回繰り返し実施し肩甲胸郭結合上での肩甲骨の外転、上方回旋の筋力回復、増強を図った。【結果】運動療法開始3ヵ月後、右肩甲上腕関節の挙上と外転位での保持が可能となった。判定基準評価の結果(Wolfgang)は以下の通りであった。1.疼痛3点、2.外転可動域4点、3.外転筋力3点、4.機能3点、5.満足度1点、計13点であった。運動療法開始時の計4点が13点に増加、満点に近接し、excellent・優の結果を得た。【考察】肩腱板広範囲断裂例が運動療法により良好な成績を得た要因は、1)肩甲骨の外転と上方回旋にforce coupleとして作用する3つの動筋に対する徒手抵抗運動により、これら筋群の筋力増強が得られ、肩甲骨の肩甲胸郭結合上での安定性が増し、その結果肩甲骨関節窩上に上腕骨頭が求心位に先ず保持することができたと考える。その後、2)肩甲上腕関節のouter muscleである三角筋の筋活動に導かれ、三角筋の筋力回復によって患側上肢は90度外転位保持と坑重力下でも患側上肢は下降することなく健側肢と同様なレベルまで挙上と空間での保持が可能となったと考えられる。この種の症例に対してはforce coupleの筋群の重要性とこれら筋群に対する運動療法が有用であることが示唆されよう。