抄録
【はじめに】運動イメージは、運動遂行における予測制御やプログラミングに重要であるとされている。我々は、すでに健常高齢者と変形性関節症(OA)患者に運動イメージの統御可能性テスト(CMI-T)を実施し、整形外科系疾患の運動イメージについて調査したところOA患者は健常高齢者と比較して体幹、下肢の正解率が有意に低い結果が得られたことを報告している。今回、股OA患者と膝OA患者との運動イメージの差異ついて比較検討したので報告する。【対象と方法】対象は、手術目的で当院に入院した重度の股OA患者20例(股OA群、60.0±8.0歳)と膝OA患者22例(膝OA群、66.0±6.8歳)であった。すべての対象者には、本研究の趣旨を説明し同意が得られた。 方法はNaitoによるCMI-Tの再生法を用いた。対象者に周囲の環境を遮断した部屋で椅坐位をとらせ、閉眼にて「足先を閉じて気をつけの姿勢をとりなさい」、「右足を前に50cm出しなさい」、「上体を左へ90度ねじりなさい」、「くびを右に90度ねじりなさい」、「右腕を上体の前に90度挙げなさい」、「左腕を上体の外に90度挙げなさい」といった5段階の言語教示に従い、最終的な姿勢を自分自身で再現させた。採点は身体の各部位ごとに行った。 調査の結果、正解率を頸部、体幹、上肢、下肢に分類しFisherのExact検定を用い股OA群、膝OA群を比較検討した。【結果】股OA群は膝OA群と比較して体幹の正解率が有意に低く(p<0.01)、その他の身体部位には有意な差を認めなかった。【考察】Panteは運動イメージとは、視覚、聴覚、筋感覚などの運動に伴うすべての感覚を関与させた複合感覚的イメージであり、身体に障害を持った患者では運動イメージを正確に想起することが容易でないとしている。 我々はOA患者の特徴として体幹、下肢の運動イメージが低下していることを挙げており、その中で今回、股OA群では体幹の正解率が膝OA群と比較して有意に低下している結果を得た。福井は、股関節が障害されると運動時において同時に体幹が動き、高度な平衡調整能を保つことが困難になると報告している。股OA群は、器質的変化や疼痛などによる股関節機能低下を隣接部位である体幹で代償することを余儀なくされ、それによって生じた知覚情報をもとに運動の組織化が行われるため、体幹の運動イメージの低下が引き起こされたと考えられた。これらのことから、股OA群と膝OA群との運動イメージには構築の過程において差異が生じているのではないかと推測された。 以上より、運動器疾患における特有の運動制限は運動イメージを変容させる可能性がある。すなわち、関節が運動器官としての働きのみならず情報器官としての役割が存在し、整形外科系疾患においても末梢のみではなく高次機能までを含めた病態の解釈を行う重要性が示唆される。