抄録
【はじめに】認知運動療法の治療は様々な道具を使用しており、そのため数多くの治療方略が用いられる。治療方略の選択には、知覚仮説を含めた考察を求められるため苦慮することが多く、「仮説-検証」を常に繰り返すことが要求される。しかしながら、治療方略の違いにより、結果として患者が獲る運動の違いに着目をした研究はほとんどない。今回、下肢整形外科疾患患者に対して2方法の認知運動療法を実施し、下肢歩幅(ステップ)の変化についてシングルケーススタディとして考察を加えたので報告する。【対象】対象は79歳の女性で、平成6年5月に右人工膝関節置換術を、平成13年9月に左人工股関節置換術を施行した。同年10月に左人工股関節を脱臼し、装具固定を施された状態で当院へ同年11月に転院となった。初期評価では左大腿四頭筋の筋力低下が著明で、膝装具と股関節外転装具を装着していた。その後、筋力向上が認められ、跛行は残存しているが脱装具許可となりシングルケーススタディを実施した。【方法】シングルケーススタディのデザインは、第1操作導入期(A)と第2操作導入期(B)をランダムに交互に実施するAlternative treatment designを用いた。なお、Aではホットパック・関節可動域運動・モビリゼーションに加えて運動軌道板を右下肢にてなぞらせる認知運動療法を実施し、Bでは運動軌道板に変えて立位にて両下肢の位置を当てさせる認知運動療法を実施した。治療期間はABともに6日間として計12日間行い、各々の治療前後に、立位にて両側のステップ距離を計測した。なお、統計学的な検討はランダマイゼーション検定を用いて行った。【結果】治療前後における両側のステップ距離は、AB間で特に有意な差は認められなかった。しかしながら、celeration lineは両側とも正の傾きとなっており、ステップ距離は期日を追うごとに増加していたことが伺えた。また、ステップ距離における治療の前後差は、両側ともAB間で有意な差は認められなかったが、治療後ステップ距離の左右差(右側-左側)では、B(0.7±2.0cm)は左右差が減少しているのに対し、A(5.0±3.0cm)は左右差が有意に増加していた(p<0.05)。【考察】今回の研究では、運動軌道板後のステップ距離における左右差が増加していた。これは、治療方略として左股関節に対してより荷重を増大し動的な姿勢制御を求めたためであり、左下肢の自己組織化がおこったと考えられる。また、両下肢の位置を当てさせる課題では、両側のステップ距離が揃う傾向を示した。これは、どの程度の位置なのかを同定するために内的な表象を用いて知覚したためであり、両下肢の組織化によるものと考えられる。西垣は「我々は過去の自分の記憶をもとに環境世界を意味解釈している」と述べている。我々理学療法士は、患者自身が運動の文脈を考えることのできるような環境で、治療方略に適した運動課題を創造する必要がある。