抄録
【はじめに】起立は理学療法を行う上で、最も基本となる負荷法である。特に脳血管障害片麻痺者における歩行は不可欠の理学療法手段であり、起立負荷は必須である。ところが、理学療法で参考にされる起立時循環動態は基礎体力の充実した健常者からの知見であり、自律神経障害を内在する片麻痺者では起立負荷に対する応答が健常者と異なる可能性が考えられる。そこで起立負荷を慢性期脳血管障害者・健常高齢者に行い、循環応答の相違を比較検討した。【対象と方法】男性片麻痺者12名(片麻痺群;年齢68±11歳、身長159±8cm、体重56±11kg)、男性健常高齢者11名(健常群;67±5歳、168±5cm、61±9kg)を対象とした。斜面台上で最低20分以上の安静臥位後、水平位でのコントロール値を測定した。その後、急速に60度起立位へ変換後7分保持し、2分間毎にインピーダンス法による一回拍出量(日本光電AI-601G)、心拍数、血圧を測定した。心拍出量、平均血圧は計算によって求めた。これら測定値の安静時からの変化率を両群で算出し、同じ時刻毎に比較した。なお本研究は本学倫理委員会の承認を得、被験者の同意のもと行った。【結果】一回拍出量は起立とともに片麻痺群、高齢群ともに減少(-17.8から-9.6%)した。起立7分時で片麻痺群(-7.2±6.8%)の一回心拍出量減少は高齢群(-23.0±5.5%)よりも少なかった(p<0.05)。心拍数は、起立負荷により片麻痺群、高齢群ともに上昇(6.3から11.4%)したが、両群間に差を認めなかった。心拍出量は起立負荷により両群で減少した。その程度は起立1分時で両群間に差はなかったが、起立7分時では片麻痺群(2.8±7.3%)よりも高齢群 (-14.8±6.0%)が大きく減少した(p<0.05)。平均血圧は起立によって両群とも低下した(-10.6から-4.9%)が、両群間に差はなかった。【考察・まとめ】本研究は慢性期脳血管障害者の起立耐性が健常高齢者と比較して特に劣っていないことを実証した。起立負荷の本態は、ヒトの体が骨格を軸に筋・皮膚に囲まれたエラスティックチューブ構造であり、起立に伴う重力の影響で腹腔・下肢への血液移動が生じ静脈還流量が低下することである。これまでの研究により、中心静脈圧・動脈圧低下を圧受容器が感知し、そこから心拍数上昇による心拍出量回復、さらに容量血管・抵抗血管収縮による総末梢血管抵抗上昇によって血圧を維持することが知られている。今回の結果は、そのメカニズムが片麻痺者でも維持されていることを示している。さらに、両群とも一回拍出量・心拍数は即時に応答していることから心拍出量回復メカニズムはよく機能していた。しかし、起立直後に平均血圧の低下を認め、総末梢血管抵抗はやや遅延して上昇したと考えられる。その原因には動脈硬化などによる血管の伸展性低下・圧受容器の感受性低下が考えられる。以上より、脳血管障害片麻痺者に対する起立負荷は、起立直後の血圧低下に注意すれば問題はなく、また脳血管障害そのものは起立負荷時の循環応答メカニズムには影響しないと考えられる。