抄録
【はじめに】 我々はすでに,本学会で高齢者を対象とした義歯の有無における咬合時の握力や,脊髄運動ニューロンプールの興奮準位の指標であるヒラメ筋H反射について報告してきた.結果は,義歯未装着時と比較して義歯装着咬合時に握力は増加傾向を示し,H反射も有意に増加した.このことから高齢患者に理学療法を施行する際の,義歯に関する配慮の必要性を提言できた.今回は高齢者の体力指標の一つである敏捷性に対する義歯の有無の影響について検討する目的で光反応時間の測定を行い,理学療法施行時の運動遂行能力への影響について報告する.【対象と方法】 健常高齢者15名,男性7名(平均年齢74.2才,平均身長 157.5cm,平均体重53.4kg),女性8名(平均年齢69.0才,平均身長152.0cm,平均体重52.3kg)を男女無作為に座位群7名 (S群),ジャンプ群8名(J群)の2群に分け測定を行った.S群, J群ともに全身反応測定器(TAKEI II 型,以後測定マットとする)の光刺激提示部の前方2mに被験者が位置し,S群は高さ40cm椅子座位で両足部を測定マット上に載せ,光刺激提示時直ちに足部を挙上することを行わせた.J群は測定マット上にかまえ姿勢で立位し,そこから可及的速やかにジャンプさせた.それぞれ,義歯の有無と開口・咬合時の4項目について3回試行を行い,最小値を分散分析しPost hoc testとしてTukeyの多重比較を用いた.【結果および考察】1)S群:7名の最小平均値は,義歯有開口(WOD)0.248sec,義歯有咬合(WBD)0.247sec,義歯無開口(OOD)0.244sec,義歯無咬合(OBD)0.247secで,分散分析の結果はすべての項目において有意差は認められなかった.2)J群:8名の最小平均値は,WODが0.415sec,WBDは0.399sec,OODが0.434sec,OBDは0.432secであり,WBD対OOD間に有意差(P<.05)が認められた.3)反応時間はJ群に対して,S群がいずれも有意(p<.01 t-test)に小さかった.これは動作開始位がS群は座位で,下肢荷重量が少なく下肢筋の活動量の低い状態であり,中枢からの抑制性の影響を受けにくい状態と考える.一方J群の開始位は立位かまえの姿勢で,下肢荷重量は座位より大きくそこからのジャンプ動作も筋力を必要とする.これらのことより,いわゆる,Open Kinetic ChainとClosed Kinetic Chainの違いが反応時間に影響したと考える.したがって,S群とJ群の反応時間の差は下肢荷重量の違いによるものと考えられる.我々の先行研究では,義歯が筋出力様式に影響することが明らかとなっている.高齢者において,軽負荷で筋力を要しない素早い動作では義歯の有無の影響が少なく,負荷が比較的大きく敏捷性を要求される動作を行う際には,その反応性は筋力に依存し,その結果として義歯の有無による影響で反応速度の違いが生ずることが示唆された.