抄録
【はじめに】施設ケアにおける要介護高齢者(以下、高齢者)の転倒予防は、早期介入と、その効果判定を検証する視点が必要不可欠となる。しかし、複数の利用者のなかから、ハイリスク転倒者を判別し、転倒予防の介入が必要な時期を示す具体的な指標の確立には至っていないのが現状である。われわれは、第37回の本学術大会において、高齢者の転倒予測値(以下、カットオフ値)をBerg Balance Scale(以下、BBS)の成績を分析し報告した。本研究では、BBSの経時的変化の様相を追跡し、転倒事故との関連性に関する検証を行った結果、若干の知見を得ることが出来たので報告する。【対象と方法】当院入院中の患者で、施設内にて自力歩行が可能な102名(平均年齢83.7歳)を対象とした。移動手段は、No aid・Cane・Walkerとした。このBBSは、日常生活動作に関連した14の検査項目から構成され、各動作の安全性・時間・距離の要素を5段階(0から4点)で評定する。14項目全てを合計した場合、満点は56点(4点×14項目)となる。BBS測定期間(2001年1月から2002年10月)に転倒事故を起こした者を転倒群(n=27)、起こさなかった者を非転倒群(n=75)に分類し、転倒事故前のBBS得点を比較した。次に、従来のカットオフ値(BBS得点40点以下)を下回った者(危険群)と、そうでない者(非危険群)の転倒率をχ2検定で比較した。最後に、No aid(n=51)のBBS得点を比較し、従来のカットオフ値との妥当性を検討した。【結果】(1)転倒事故前のBBS得点の比較:転倒群のBBS得点(M=39.9,SD=5.55)は、非転倒群のBBS得点(M=47.6,SD=6.48)よりも有意に低かった(t(100)=-5.48、p<0.01)(2)転倒率の比較:危険群(n=16,61.5%)の転倒率は、非危険群(n=10,38.5%)の転倒率よりも有意に高かった(χ2(1)=24.51、p<0.01)。(3)カットオフ値の妥当性:No aidの転倒群(n=11)と非転倒群(n=40)のBBS得点を比較した結果、41/42点で判別した時(感度:0.81、特異度:0.90)が最も高い値となり、従来のカットオフ値との大きな差異は認められなかった。したがって、施設内にて歩行自立者の転倒事故を予測するには、BBS得点が40点前後のバランス能力を目安とすることの確認ができた。【結果】施設ケア利用者は、痴呆症や潜在的な複数の合併症を抱えた高齢者が多く、療養期間が長期化する場合も決して少なくない。このような環境下で、転倒予防の策定を検討するには、利用者の身体特性の経時的変化を客観的に示す指標が必要となる。本研究で設定したカットオフ値は、歩行が自立した状態であっても、転倒の危険性を早期に予測するという点で、有用な指標になるものと考える。